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複式簿記の考え方

複式簿記に関しては日商簿記検定試験のテキストなど実に色んな教科書があるが、私にはその説明では納得の行かない部分があった。ここでは、自分なりに考えて 納得した事を加えて教科書には載っていない複式簿記の考え方を紹介する。

複式簿記の考え方

一般的に商売というものは、仕入れた商品を売って儲けることだ。売って得たお金が収益で、仕入れに使ったお金が費用儲け 収益-費用 で表される。

では、仕入れた商品が売れる前に会計年度末を迎えた時はどうなるのか。収益がまだ無いのに費用は発生しているから赤字なのか。しかし、仕入れというものは単にお金を商品と交換しているだけなので、そこでは損をしていないはずだ。

その観点から帳簿を作るのが複式簿記である。その様に考えないと、儲けをお金の増加分として計算するしか無く、商品在庫を含めた本当の儲けとは違ってしまう。

帳簿には仕入れに使ったお金の他に、仕入れた商品もその取引の相方として記録する。そして、お金は使ったけど、その仕入れの費用と同じだけの価値のある商品という資産が手元にある限り、費用は発生していない、と考える。その商品が買い手に渡った時に商品という資産を費用に出来て、初めて費用が発生する。

そうすると、この世にバーゲンセールというものがなぜ存在するのかも理解できる。売れない商品を抱えていれば費用に出来ないから、計算上の儲けが大きくなって税金が増えてしまう。しかし安値でも、売れば仕入れた値段が費用として計上出来るから儲けが減り、その結果、税金が減るし、資金繰りも助かる。

棚卸しとは

ところで、帳簿に商品という項目(簿記の用語では勘定科目と呼ぶ)を使った時、帳簿上はその商品は仕入れた値段と等価である。しかし、売る値段は仕入れた値段に儲けの分を上乗せすることになるから、簿記では 商品+儲け と お金を交換するように記録(分記法と呼ぶ)する。

しかし、このやり方は同じ商品が二つとしてない絵画とか宝石とかなら良いが、同じ製品を継続して仕入れ販売するような一般的な商業活動には向かない。ある時はA円で仕入れ、ある時はB円で仕入れた商品を売る時、それがA円で仕入れたものかB円で仕入れたものか区别など出来ないからだ。

そこで、商品の代わりに仕入と売上という項目を導入する。仕入れる時はお金と仕入の交換、売る時はお金と売上の交換を記録(三分法と呼ぶ)する。そして、儲けは (合計)売上-売上原価 で表される。そして、売上原価は 期首棚卸高+(合計)仕入-期末棚卸高 として計算する。そうすると、売れて無ければ期末在庫が増加し、売上原価は減ることになり、儲けが増えることになる。

この在庫の値段を確定させるために決算期末に商品の在庫数をかぞえるのが棚卸しと呼ばれる作業である。それに商品の単価を掛ければ期末棚卸高の値段が出る。期首棚卸高は前の年度の期末棚卸高の値を使う。ついでに言うと、もし、期末棚卸高が無ければ、この作業の手間も不要だし保管の費用も削れる。これもバーゲンセールをする理由だろう。

問題は仕入れの値段がまちまちの時に商品単価をどう決めるかである。会計上、幾つかの方法が認められている。具体的には、総平均法、先入先出法、移動平均法、最終仕入原価法などである。法人や個人事業で「棚卸資産の評価方法の届出書」を所轄の税務署長に提出していない場合は、最終仕入原価法が法定評価方法となる。

製造原価について

物を仕入れて販売するのは商業簿記という範疇だったが、製品の製造となると工業簿記という知識も必要になってくる。工業簿記は製造原価を計算する為にある。これは、売上げ原価の計算とよく似ていて、製造原価は 期首仕掛品棚卸高+当期製造費用-期末仕掛品棚卸高 として計算する。仕掛品とは製造途中の製品のこと。

商業簿記と同じく、その製品が買い手に渡った時に初めて費用が発生する。製造費用には製品の原材料や工賃だけでなく、間接的な費用(例えば、工場の家賃、工員の社員寮の費用など)も含まれ、これを製品毎に按分しなければならないので、商業簿記よりも遥かに難しい。製造に関連する社員の給与は製造原価であって直接の費用ではない点にも注意。

そして、製品開発の費用だが、税法上はこれも製造原価となる。但し、製品開発中の無駄になった設計や作業の費用は試験研究費という一般管理費に属する経費に出来る。

この製造原価は、商業簿記に於ける商品の仕入原価と同じである。製品在庫も商品在庫と同じと考えて売上原価を計算する。
コラム: 自家用法人の場合、情報やソフトウェアをネットで販売するような事業が考えられる。もし、開発費がかかっていないとすれば、製品開発費用はゼロとなり、原材料は無いし、製造課程も無いので、製造原価はゼロである。そうすると、この場合は仕入原価がゼロの商品として扱える
情報やソフトウェアの製品開発費用がある場合は、それを無形固定資産とし、3年の定額減価償却にして、その減価償却費用を製造原価とする。従って、製品が一つも売れなくても その製品開発費用は(3年かけて)費用化される。

仕訳帳とジャーナル

仕訳帳の事を英語ではジャーナル(journal)と呼ぶらしい。ジャーナルの語源は日誌、特に航海日誌である。そう言えば、複式簿記はベネチアの商人が貿易の事業の精算の為に使ったのが始まりと聞いた事がある。航海日誌に仕訳も記入していたかも知れぬと思うと面白い。

その当時、航海毎に帳簿が締め切られ、事業は精算される。しかし、現代の法人の事業には(法人が続く限り)終わりは無い。

ところが、会社計算規則によれば、法人は事業年度毎に決算しなければならない。仕方が無いので、事業の途中でも期末日に於ける決算書を作る。しかし、その数字が決まるのに通常1~2ヶ月はかかる。(最後に社員総会にて決算を承認する迄)

次期の事業の為には、期末日の翌日から始まる仕訳帳が必要になる。その最初は前期繰越の数字が入るのだが、前期の決算が終らなければその数字は書けない。

簿記には記録・計算機能がある、と説く教科書が多い。そうであれば、あらゆる取引はその日に仕訳帳に記載されるべきだ。しかし、決算日の翌日の取引をその日に仕訳帳に記録することは出来ない(会計ソフトへの入力や伝票への記入は可能だが)。

簿記の教科書には例外なく「簿記一巡の手続き」という説明があるが、それでどうして決算日翌日の取引が仕訳帳に記載出来るのか不思議だった。

今なら分かる。簿記の教科書は肝心な事を言ってない。仕訳帳の日付は取引の日であって、記入日は違っていて(後日の記入で)構わないのだ。原始記録はあくまで法人口座の取引履歴や領収書などの証拠書類が担っている。

しかし、原始記録だけでは後日 何の事か分からなくなる恐れがある。それを整理して記述するという意味での記録なのだ。そして、それを元にして財務諸表を作るのが簿記の計算機能になる。

仕訳帳への記入時期について、法令の規定はない。決算日翌日から2ヶ月以内に申告する事が要求されている(法人税法 第74条)だけである。

従って、仕訳帳以外の手段で(例えば、全ての取引は預金口座を経由させるなど)取引が記録されているのであれば、期中は何もせず、決算日以降に一度だけ仕訳帳に記入しても法の要求は満たす。

帳簿の締め切り

会計では、事業年度毎に帳簿を締め切り、利益(損失)額を確定し、その額を当期純利益という費用、相手科目をその他利益剰余金という資本とした取引を仕訳する。この最後の取引により、利益額と同じ額の費用が発生するので損益が丁度ゼロになる

簿記の教科書では、収益と費用に属する勘定科目の残高を損益勘定に振り替える仕訳をして損益の集計をしているが、これは実際の取引ではなく、集計の目的なので、それを用いずとも集計出来るのであれば使う必要は無い。(それに、損益勘定を使って仕訳するとなればコンピュータで自動的に集計出来ない。)

損益に関与するのは収益と費用に属する勘定科目である。損益をゼロにするのは、損益を事業年度毎にリセットして次年度に繰り越さないという意味があり、収益と費用に属する勘定科目の残高は次年度はゼロから始まる。…損益勘定を使えば収益と費用に属する勘定科目の残高は全てゼロになっている。損益勘定を使わないなら残高はそのままあるが、次年度に繰り越さないので問題ない。

一方、資産・負債・資本に属する勘定科目は事業年度が変わってもその残高は変化しないので、次年度にそのまま繰り越す。

簿記の教科書によると、決算手続きが全て終了した後に 仕訳帳や総勘定元帳の各勘定科目の最後に二重線を引き、それ以降は次期の事業年度の会計を記入するらしい。(紙の節約?)

しかし、コンピュータを会計に利用する場合、帳簿は電子ファイルだから新しい事業年度には新しい会計ファイルを使えば良い。前の事業年度の会計ファイルの最後は何もしないで放置する。但し、法人税法上は、紙に印刷した会計帳簿が正規の会計帳簿になる。(要件を満たした会計システムで申請すれば、電子ファイルを正規の会計帳簿とすることも出来る。)

新しい会計帳簿では最初に、借方資産に属する勘定科目の残高、貸方負債・資本に属する勘定科目の残高で仕訳して仕訳帳に記入し、資産・負債・資本に属する勘定科目の残高を繰り越す。準大陸式と呼ばれる決算手続きの繰り越し方法と同様である。(残高勘定を使って帳簿を閉鎖する点は異なるが。)

借方と貸方

法人税法施行規則 第54条によると、取引を借方及び借方に仕訳する帳簿が必要である。つまり、新しい簿記を目指そうとも、この借方と貸方から逃れる訳にはいかない。

この用語は福沢諭吉が作ったとされ、日本に初めて複式簿記を紹介した本「帳合之法」の中で debit を「借方」、credit を「貸方」と翻訳したそうだ。

書店に並んでいる簿記の教科書の大半の説明では、「借方・貸方という用語には左側・右側という以上の意味はありません。」 となっている。しかし、この用語には複式簿記の重要な意味が込められている。

まず、簿記とは会社が作る出資者に対する報告書の詳細内訳である。だから、簿記も出資者の観点から記載される。そこでは資産を会社側と出資者側に分けて記載する。その中で、会社側を(出資金の)借方と呼び、出資者側を(出資金の)貸方と呼ぶことにした。

そう分かっていても、会計帳簿は会社の人間が作るのだから、出資者の観点から見た用語は理解し難い。預金なのに借方、借金なのに貸方という簿記用語の語感には、きちんと理解しているはずの今の私でもまだ違和感がある。

その事を含め、私が分かりにくかった簿記用語の別称を会社側から見た形で考えて見た。
  • 借方 → 正側
  • 貸方 → 負側
  • 収益の部 → 給付の部 (収益対価の給付に関する勘定科目が属する部)
  • 費用の部 → 享受の部 (費用対価の享受に関する勘定科目が属する部)
  • 当期純利益 → 支払資本利用料
まず、借方は会社にとって得になる物事、貸方は損になる物事を表している、と考える。それに正と負の字を当てるのは「負債」という言葉と同じである。
コラム: この他にも会社側の視点で、(借方、貸方)→(内、外)、(入、出)、(店、客)などの用語を考えた。
そう考えると、資産と負債は語感に合うのだが、収益と費用は逆のように感じる。それは、収益(=得たお金) と収益の部、費用(=使ったお金) と費用の部、の意味の違いによる。その意味の違いを正しく伝えている簿記の教科書は少ない。

収益の部は、収益を得た原因に関する勘定科目の集合という意味であって、物やサービスの給付を意味する。収益自体は資産の部に属する「現金」、「預金」、「売掛金」等の金額増加や 負債の部に属する「借入金」、「買掛金」等の金額減少などに形を変えている。

費用の部も、費用を使った原因に関する勘定科目の集合という意味であって、物やサービスの享受を意味する。費用自体は資産の部の金額減少や 負債の部の金額増加などに形を変えている。

従って、例えば収益の部に属する受取利息は貸金が使えない(し、リスクに晒す)損であり、費用の部に属する支払利息は借金が自由に利用出来る得である、と考えれば納得できる。

そして、資本と言うと会社の財産のような気になるが、負債の特殊な形である。これは、返済しなくても良い借金という説明をされる事があるが、それだけじゃない。

通常の負債は金利さえ払っていれば良い(返済期限が来ても、通常は借り換えられる)のだが、資本は会社の利益を一円残らず吸い上げる

決算に於いて当期純利益の全額をその他剰余金へ振り替えるのはそういう意味だ。(しかし、損失があれば、逆に損失額を一円残らず補填してくれ、その他剰余金はその分だけ減る。)

その当期純利益は費用の部に属するが、出資者から預かっている資本を自由に利用出来る得になる。

このように収益の部と費用の部は実際のお金の動きとは逆の側にあるとは言え、収益や費用の計算には これらに属する勘定科目の金額を使用している。それは借貸一致の原則により、その取引の正しい金額を表している為である。反対科目の金額は色々な取引の金額が累積しているので計算には使えないのだ。(その為に、給付の部、享受の部 という別称よりは収益の部、費用の部 という名前の方が結局は使い易いのだった。)

マイナスを利用する

銀行預金の増加は借方に金額を書き、減少は貸方に金額を書くのが習わしである。しかし、借方にマイナスの金額を書いても減少を表現出来る。

そう言えば、マイナスという概念が無かった時代に複式簿記が作られたから借方・貸方という概念が出来たと聞いた事がある。
コラム: それなら、マイナスを使えば借方・貸方の区別がない複式簿記も有り得た、と妄想する。
つまり、借方は正の勘定科目、貸方は負の勘定科目と定義(会社サイドからの見方)しておく。そして、借方も貸方もなく金額だけの欄がある。そうすると、負債が100万円なら、-100万円と表現される。そして一つの取引で全部の勘定科目の金額の合計は必ずゼロになる。
だが、負債を-100万円と表現するのは「マイナスの負債だから預金かな?」と誤解される可能性もあるし、そもそも法令の要請で借方・貸方を区別しなければならないから、これは現実的では無い。
だが、マイナスの利用は部分的には有効だ。例えば残高がプラスかマイナスかで借方になったり貸方になったりと変化するよりも、どちらかに固定しておいて金額をプラスかマイナスとする方が現代人には分かり易いし便利だ。

従って、残高については資産・費用の勘定科目は借方負債・資本・収益の勘定科目については貸方に固定するような会計帳簿にする。(そうすると、金額の欄を借方・貸方混合にして一つで済ませる事も可能。)

そして、マイナスが利用できれば、黒字なら「利益」、赤字なら「損失」と科目名を変化させる手間が省ける。損益計算書に於いては法令で赤字の場合には「損失」の表示が必要なので従うが、それ以外では当期純損失でもマイナスの当期純利益として扱う。

尚、一般的な簿記でも、貸借対照表の「貸倒引当金」と「減価償却累計額」は資産の部にマイナスの残高で表示するのが習わしらしい。
コラム: 貸倒引当金と売掛金のセットで一つの資産と考えると、この意味が分かり易い。貸倒れになって売掛金という資産が減少しても貸倒引当金という資産が増加(=マイナスが減る)すればセットの資産の大きさは変化しない。
減価償却累計額も固定資産とのセットで一つの資産と考える。固定資産の額を取得価額のままにしたい場合は、減価した資産の価額はセットの資産で表現する。