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2月, 2017の投稿を表示しています

教養は自ら判断するための道具

最近 話題の偽ニュースに騙されない為には万人に教養が必要だと言いたい。

教養という言葉を聞くと、以前の私なら文学や歴史やクラッシック音楽などに造詣が深い人というイメージがあったけど、今は違う。

教養という言葉の元が「リベラルアーツ」だと知って、その直訳の「自由に生きるための技法」がその言葉が本当に意味するものだと理解したから。

その為には自ら判断出来る能力を得ることが必要だと考える。その過程で物知りになったとしても、その物知りは人にひけらかす為のものでは無いのだ。

知識よりも論理 自ら判断するという行為は、自分が正しいと判断した情報源から論理的に決断を導出する行為だと思う。完全に裏が取れて無くてもなるべく信頼出来る情報を探し、多少の飛躍や推定を交えても論理的に結論を出すという習慣なのだ。
勿論、些細なことなら 皆がやっているから とか それが常識だから という決断方法でも構わないだろう。判断に要する労力が不要だし、もし判断が間違っていても大きな損失にはならない。しかし、人生や仕事の上での一大事なら慎重に自ら判断すべきなのだ。
その信頼出来る情報だが、正しい知識を沢山覚えていれば探す手間も省けて素早い判断を下すことが出来る。しかし覚えられる量には限界があるし、必要な知識も日々更新されるのだから、現代では正しい知識を沢山覚えるよりは ネット上の莫大な情報から正しい情報を選ぶ能力の方が大切だ。
その正しい情報を選ぶ事も やはり自分の知識を総動員して考える行為であり、教養が活躍する。信頼出来る複数の情報源を調べ、正しいか吟味した上で覚えた自分の知識と照らし合わせて矛盾が無いか考えて採用する。

そのやり方は正に学問そのものである。そして、理系の知識があれば 情報を数値としても吟味することが出来る。数学を学ぶと 推論や数値的把握能力の鍛錬になる。

色んな観点から確かめる 知識が無くても調べれば良いとは言え、その調べる為にもやはり最低限の知識は必要となる。高校までに習う知識でその大凡は賄えるとは思うが、現代社会を自由に生きるには その他に 経済学金融会計法律IT の知識が必要だと 個人的には考えている。自由に生きるには時間的、経済的ゆとりも必要だ。何事にもお金は関係するけど、経済や金融の知識がないとせっかく稼いだお金も いつの間にか どこかに吸い取られてしまう。

それから、考える…

日経記事はわざと隠しているのか

今朝の日経新聞の記事「新興人図鑑」には、在日外国人女性が調理人として働ける店を神戸で開いた若い女性が取り上げられた。

元々、その女性は大学生の時に外国人女性支援のボランティアでエスニック料理のカフェを週に一度開いていたというが、大学卒業時に常設店にすることを夢見ていた。しかし、父親に「ボランティアを商売にしたらダメだ」と一喝され、修行を決意。リクルートで3年契約で働き、飲食店予約サイト「ホットペッパー」の営業を担当して飲食店経営のイロハを吸収したという。そして退社後にリクルートで学んだノウハウを詰め込んで開店。

大したものだ、と感心して、そのお店の名前「神戸アジアン食堂バルSALA」で検索してみると 神戸新聞NEXTのサイトがヒットした。昨年11月4日の記事だ。内容は似ているものの、こちらは 父とともに開業 とあるぞ。父娘二人三脚の挑戦が続く とも。更に 父は オーナーとして経営に関わる と書いてある。そして、長年 事業の立て直しなどに携わってきたビジネスのプロ と紹介されているから、この父の協力が開店には絶大な力になったと推察出来る。

あれえ、日経には開業時に父親も関与したとは一言も書いてなかったぞ。神戸新聞では 父と娘のほのぼのとした話だったのに、日経ではそこはわざと隠して 颯爽とした女性の話に纏めたとしか思えないな。

マスメディアの情報は、無名の人(俺もか)が発信したネット上の情報よりは信頼出来るとは言え、こういった過度の脚色は有り得るという発見だった。

音楽理論愛好家になる

先日、ウクレレ講座の初回のレッスンを受けてきた。調律の仕方、ウクレレの持ち方、弦の押さえ方、ドレミの音の並び方の説明から始まって、まずは「キラキラ星」の練習。

私が楽器のレッスンを受けるのは学校教育の音楽の授業以来だ。家に貰い物のウクレレがあって 弾けるようになれれば良いなと思っていた折に、新聞の折込広告でカルチャースクールのウクレレの授業がある事をたまたま知った。そして、ウクレレの教本やネット動画でも学べるけど、実際に先生に習うと練習へのモチベーションが高くなると思ったから受講する事にしたのだった。

実際に行ってみて、初心者の受講者という同志の存在もまた練習の励みになると思った。それに、レッスンでしか得られなかった知識も得てきた。それは、指への負担が少ない弦の押さえ方である。

自己流でちょっと練習してみた時、コードを押さえるのに指を立てないと隣り合う弦に触れてしまってマトモな音が出なかった。これは大変だなと思っていた所だったのだ。ウクレレ奏者にも色んな流儀の弦の押さえ方があって、ネット動画で見る限り、指を立てる派が殆どなのだが、先生は弦を指で包むように押さえる派なのだった。
コラム: ウクレレの調律に必要なのがチューナー。Rolandが出した無料アプリ「Boss Tuner」はRolandのチューナー TU-3 と同じデザイン・機能という事なのでタブレットにインストールして使わせて貰っている。タブレットは何でも出来る現代の魔法の箱だね。余計な器具が不要という、ある意味製品よりも優れている このアプリが無料とは 全く凄い。 この弦の押さえ方で果たしてコードがちゃんと押さえられるのか…まだ分からないけど、先生がいるからきっと大丈夫だと信じている。

ウクレレの良い所 習う楽器にウクレレを選んだのは偶然からだけど、個人の趣味の楽器としてウクレレはとても優れていると思った。まずは和音が出せる事。これでメロディーだけの音楽からハーモニーも含んだ音楽に広がる。ピアノやギターが趣味の楽器として多く選ばれるのにはそういう理由が大きいと思う。
そして、主にギターとの比較になるけど、ウクレレは小さくて軽いし、弦も4本とギターよりも2本少ないので易しい。親指がネックを掴み、残りの指で弦を押さえるとなると、同時に扱える弦の数は最大4本なのだからウクレレの弦の数は道理に叶っていると言えるの…

やりたい事を始める

人生に於いて、やりたい事というのは やる必要の無い事であり、やる習慣も無い事であり、やってしまう程の衝動はない事だが、後になって やっておけば良かったのにと思うような事である。

私が前の会社を退職してから十数年もの自由時間があった訳だが、この間にもっと多くのやりたい事を成し遂げる事が出来たろうにと反省する。しかし、過去を悔いても仕方が無いので、やりたい事を始める工夫をしようと思う。

目標を低くする 多くのやりたい事は 既に上手にやっている人がいて それに憧れるのが始まりだろう。しかし、それだと目標が高過ぎて 私には無理 という気持ちになって結局始められないし、例え始めたとしてもすぐに挫折する。だから目標を低くする。やり始め、続けるのが大切だ。継続していく内に目標を少しづつ高くしていけば良いのだ。

例えば、ウクレレの演奏で伴奏とメロディーを一人で出来る(ソロ演奏)とカッコイイけど、そこまで出来るようになるのは難しい。しかし、コードを3つ弾けるようになれば、もう私はウクレレが弾けると言っても良いことにして、ソロ演奏はその遙か先の目標に留めておく。そうすれば最初の一歩を踏み出し易いし、奥深ければ飽きずに続けられるだろう。
コミットする 決意を自分の心の中に秘めているだけでは 達成できなくても何のお咎めもないけど、決意を公表することで自分の背中を押す力となるはず。だから、この場で私がやりたい事を宣言する。 ウクレレが弾けるようになる。水泳に通う。(再開する)自転車で遠出する。ブログのまとめページをちゃんと作る。自分の著書を商業出版で出せるよう内容を書き溜める。 やりたい事は この他にもあるけど一度に沢山始めても失敗するだけだから、今年はこれだけ。
分析する 目標を低くする為には やりたい事を分析して 小さなタスクに分解する必要がある。例えば ウクレレを弾くには 楽器を手に入れる、ウクレレ教室に申し込む、コードを覚える、弦の押さえ方を練習する、曲を覚える、等の作業に分解出来る。それぞれの作業は難しくはないので出来るはずである。
環境を整える やりたい事をやらないのは、やりたい事をやっているべき時間に やりたい事では無い事をやっているはずである。そうすると、やりたい事をやり易くするとともに、やりたい事では無い事をやり難くするように環境を整えるのも大事だと思う。以下は私が考えてい…