グラフィックデザインに苦戦

セブン-イレブンで年賀状の印刷を頼んだら、今年はオリジナル nanaco カードを貰える特典が付いていた。返信用封筒にL版の写真を入れて事務局に送るとカードの一部にその写真を入れた nanaco カードを届けて貰えるのだ。

適当な写真を送ったら、と妻には言われたけど、「こぶり主義」のロゴを作ってカードにしてみようと思った。単に文字だけでは面白くないので、背景に小さい cobli.jp を並べて入れて。

グラフィックソフトは使いこなしてない。在るのはWindowsのオマケのペイントソフト。規則正しく文字を並べるのは難しい。今から使い方をマスターするのも大変だ。申し込みの締切は来年1月10日必着との事。

別のソフトは使えないだろうか、と調べて見た。パワーポイントにワードアートという機能があるらしい。パワーポイントは持ってないけど、グーグルにも似たものがあるから試して見よう。今はGoogleスライドという名前になっていた。

で、ワードアートの機能もあったけど、これは文字の装飾に使うものだ。どうやって文字を並べようか、と考えていたら「表」という字が目に入った時にピンときた。表の桝目に字を書けば簡単に規則正しく字を並べる事が出来るはずだ。


それで、完成したのがこの画像。近くのコンビニでプリントアウトして投函した。果たして完成したカードで背景の字が読めるかどうか、結果が分かるのはまだ3ヶ月先だ。

パソコンのHDDをSSDに交換

圧力鍋の蓋を洗っていると、スタートバルブという部品から直径数ミリ程のボールが落ちた。バルブ本体のゴムに亀裂が入ったのだ。しょうが無い、新しい部品を買おう。

このスタートバルブは圧力鍋を買ってから一度交換している。パッキン程ではないがこれも消耗品なのである。アマゾンで1,091円。ついでに、フライパンの蓋とSSDとSATA-USB変換ケーブルをこの際買おう。

フライパンは以前使っていた28cmのものに合わせて買ったものだが、26cmのフライパンに買い換えたから大き過ぎるのが気になっていたし、妻が自立型の蓋を欲しがっていたから。アマゾンで2,319円。

SSDも以前から買おうと思っていた所だ。それと交換作業に必要な変換ケーブル。アマゾンで一番の売れ筋という安易な選択でサムスン850 EVOの250GBのものにする。アマゾンで9,433円とケーブルが1,280円。(ついで買いの方が高いけど。)

私のパソコンThinkPad X250の現在のディスク使用量はたったの30GBしかないので120GBの製品でも十分なのだが、250GBでも二千円位高いだけだし、容量の大きい製品の方が同時に複数のchipに書き込めるから書き込み速度が大きいらしい。それにディスクの空き容量が大きい程、chipの同じ場所に書き込む回数を減らせるから、寿命も長いし信頼性も高い。

以前SSDを買った時はフラッシュメモリの元祖、東芝のchipを使った製品にした。しかし、最近の東芝の経営不振が技術面にも悪い影響を与えているようだ。そのサムスンのchipはセルを立体構造としているのが特徴で、もはや東芝にはサムスンに対する技術的優位性は無くなっているように思える。残念な事である。

所で、このサムスンのSSDはTLC (Triple Level Cell)と言って、一つのセルに8通りの電圧を書き込む製品である。2通りの電圧を使うのがSLC (Single Level Cell)、4通りの電圧を使うのがMLC (Multi Level Cell)と呼ばれているが、命名法が滅茶苦茶だ。そもそも、Level というなら、Single じゃなくて Dual だろうから、Bit にして欲しかった。それで、SBC (Single Bit Cell)、DBC (Dual Bit Cell)、TBC (Triple Bit Cell)と呼んで欲しいところだ。

そのTLCはSLCやMLCに比べて耐久性や書き込み速度が劣ると言われてきたけど、近年は遜色が無いらしい。そもそも、8つの電圧を区别出来るほどCell自体も書き込みと読み出し回路の精度も高い訳で、SLCやMLCよりも優秀なのである。その電圧のマージンが小さい故に耐久性などが問題視されていたけど、強力な誤り訂正の機構のお陰でその欠点は克服されたのだ。

さて、品物が届いたのでSSDの箱を開けるとCD-ROMが付いていた。恐らくディスクのコピーを作るソフトだ。X250には光学ドライブは付いてないので妻のパソコンで読み出そうかとも思ったけど、パッケージには詳しくはWebを見よと書いてある。アクセスすると、そこからでもソフトをダウンロード出来るようになっていた。

それを使ってディスクのコピーをSSDに作る。SSDの方がX250のHDDの容量より小さいけど、以前ディスクにパーティションを切ってCドライブを小さくしておいたから大丈夫。それからX250の裏蓋を開けてディスクを交換。


銀色に光っているのが取り出したHDDで、パソコンの左下隅にあるのがSSD。交換作業は娘のスマホのLCD交換に比べれば楽勝だった。

買ってから分かった事だが、このSSDをコントロールする Samsung Magitian というソフトがあってOver Provisioning領域というものの設定ができる。ディスクの使える容量は減るけどこれを設定すると信頼性が向上するというので、どうせディスク容量のちょっとしか使わないのだから推奨値の10%よりも多くして25%に設定してみた。結果、現在のディスク容量は173GBになっていて、それを全てCドライブに割り当てている。

Windows10はディスクがHDDでも遅さを感じさせないように工夫されたOSなので、SSDにしてみても体感速度にはさほど変化がない。だけど可動部分が無くなって完全無音(ファン動作時を除く)で動作し、消費電力も小さくなってバッテリーの持ちが良くなり、衝撃にも強くなって信頼性もあがり、重量も軽くなっているのだ。

軽自動車は名車のサイズ

以前、自転車で埋め尽くされていた、あの北京の道が今や自動車で埋め尽くされている。自動車を先進国で独占してはならない、とは思うけど世界最大の人口の中国が、そして、これから発展するであろう国々が先進国並みの自動車保有をすれば、この地球は持ちこたえる事が出来るのかとても心配になる。

自動車とは、とても非効率な乗り物だ。たった一人の移動にその何十倍もの重さの箱を使うとは。それに、高齢になると運転するのも困難になる。公共交通機関が頼りにならない地域での自動車の必要性は分かるけど、少なくとも都市部においては贅沢品だと思う。自動車が必要ならタクシー、レンタカー、カーシェアリングなどの方法を使えば個人で保有する必要がない。

しかし、自動車を保有する利便性も認めよう。使いたい時に何の手続きも要しないで使える。緊急時には頼りになる存在である。震災の時に水を運んだり遠くまでお風呂に入りに行ったりするのにとても役に立った話は以前書いた。

それで、贅沢だけど自動車を保有することにして、その利便性を享受している。病院への送迎や雨の日の買い物などは車があると本当に助かる。そして、自動車を保有するもう一つの理由は、自分の車でなければ改造出来ないこと。

しかし、私は環境も大事にしたいから、利便性を損なわない範囲でなるべく小さい自動車にしたい。それで、自分に最も相応しい車として軽自動車を選択した。税金と保険が安いというメリットは、其れより一桁大きい駐車場代によって掻き消されるから、あくまで軽自動車のサイズを気に入っての事だ。(因みに、我がマンションの駐車場で軽自動車は我が愛車のみ。)

愛車アルトの全長 3395mm と全幅 1475mm はそれぞれ軽自動車の規格限度いっぱいと言える。規格がもっと大きかったら、恐らくそれに合わせて大きくなっていた事だろう。しかし、今の軽自動車の大きさは実は理に叶った大きさなのだ。

最近見かける「MINI」を名乗るデカイ車でなくオリジナルの「MINI」の大きさは全長 3051mm、全幅 1410mm、全高 1346mm である。これはどれをとってもアルトより小さい。更に、初代の「PANDA」の大きさは全長 3405mm、全幅 1510mm、全高 1485mm である。これはほぼアルトと同じ大きさである。これらの名車は、そのサイズを規格限度から割り出したのではなく、大き過ぎない実用性のあるサイズとして決めたはずだ。

それに、アルトにも未利用の空間が沢山あった。私は安全装備の置き場所を作って、足元も広げて、ラゲッジスペースも広げて、と色々改造したけど、メーカーにももっと頑張って貰いたい。安易にボディサイズを大きくする前にまだまだやれる事はあるはずだ。

アルトに乗っていると、車が通れる道なら必ず通れるという安心感がある。どんなに狭い駐車場でも大丈夫だし、車の大きさで周りの車の迷惑になることはない。車の対角線の長さを計算したら 3.7m だったから、道幅 4m の道路でも切り返せば方向転換が可能である。

だから、この軽自動車のサイズの車が日本だけではなく世界中に広まって、少しでも環境の負担を減らして欲しいと願うのだ。

最高の軽自動車を作る

昨日は天気が良かったので、またリアシートのバックレストに入れた硬綿を薄くしたり色々調整してみた。今回もこれで最高の座り心地になったはず、と満足して作業を終了。

シートの改造をする時には何時も作業中に仮留めして座り心地を確認しながらやっている。その時はこれで良し、と思って作業を終えるのだが、後で少し長い時間座ると改良点が見つかる事が多いのだ。私がそうやって長時間マンションの駐車場でシートに座っていると不審者に見えるから、妻は止めて欲しいそうだが。

ガレージが無いから、作業は暑くなく、寒くなく、蚊に襲われない季節に限る。そうすると、春と晩秋だけが改造出来る時期になる。その時に何かの用事があったり、体の具合が悪かったりすれば作業は出来ないので、新車で買ってもう6年半になるが未だに改造が終わらない。その間にアルトは2回もモデルチェンジした。

新型車は車体が100kg以上軽いので運動性能が良く、燃費と静粛性が良くて低速トルクが大きくて運転しやすい新エンジンが載っている。これでは旧型の車体を改造しまくって一体何になるという気もしてくる。

我が愛車の取り柄を考える

しかし、新型車が出る度に買い換えていてはお金も掛かるしエコでない。自分が選んだモノなのだから、その良い所を見付けて末永く付き合う態度こそ、人生という旅の秘訣では無かろうか。自分の境遇は良さそうに見える他人の境遇と簡単に取り換える訳には行かないし、それを羨むだけの人生も虚しい。

そう考える時、まず自動車の中でアルトという車を選んだけど、最高の選択だった。家族4人が乗れて、最も小回りが利いて、タワーパーキングに停められる車高で、今では希少価値と言えるMT(もはや日本ではMTを選べない車種が殆ど)の乗用車。それに車幅が小さい軽自動車は狭い駐車場で隣に駐車する赤の他人にも優しい車。

そして我が愛車のアルトと最新のアルトと比較して見ると、最小回転半径は10cm小さいし、ラゲッジスペースは大きい。オマケにリアシートのバックレストは左右分割式(改造後)だし、フロントシートはヘッドレストの高さを調整出来るから座面を持ち上げる改造をするには都合が良い。最新のアルトではそうはいかないのだ。

改造の価値を残したい

勿論、動力性能とか静粛性とかは最新のアルトには負けるけど、それを追求するならそれこそ軽自動車ではなくもっと上級の車を選ぶことになるだろう。だから、今の愛車で良いのだ。改造するのも馬力アップとかサスペンションをガチガチにするとかの方向ではなく、自分が使い易いようにする。

自分の体に合わせてシート、シフトレバー、パーキングブレーキと位置をトコトン合わせ、愛車を自分の手足のように操縦する境地に達する喜びに較べると、静粛性や乗り心地の良さや装備の豪華さなどどうでも良くなる。

しかし、これだけ膨大な手間暇を掛けて改造していても、愛車が一瞬で廃車になってしまう可能性も在るのだ。車体はまた買えたとしても、あの改造の手間暇は戻らないという恐怖。だが、改造せずには居られない。自分が思いついた考えを試して見たい。自分の車だ、車検に通る限りどんなに改造しても構わない。その思いには改造できない賃貸住宅に住んでいるという事情もあるかもしれない。

だからこそ、苦労して改造したその価値を愛車の車体にだけでなく記録として残したい。車体が無くなっても、その記録を参考にして別の人の改造に役立ったり、或いは自動車メーカーのエンジニアの目に留まってより良い車の設計に繋がったりすれば嬉しい。

とは言え、ここで書くべきは自分独自の改造で、他の人にも役立ちそうな普遍性のあるものだと思う。ネットを検索し他の人がやっている改造を調べて参考にして色々改造もしたけど。

シートの改造方法

自分でもこれは凄いと思った他の誰もやってない改造は幾つもある。その中で最も苦労し、最も誇らしいのはシートの改造だけど、見た目には大した変化がない。それに、全く同じ車種で私と同じ体格の持ち主で無ければ、私のやった通りに改造する意味も無い。

ただ、シート表皮に内部のウレタンスポンジというシートの基本的構造はどのメーカーのどのシートでも(近年のメルセデス・ベンツでさえも)同じらしいから、私が色んな事を散々試してようやく掴んだ(素人がお金を掛けずに特別な道具も持たずにする)シート改造のコツには普遍的な価値があると思っている。

最初にシートの改造に手を付けた時は、単に座面を持ち上げて視界を良くしようとしか考えてなかった。座り心地の良し悪しは全く考えてなかった。リアシートの改造もヘッドレストを付ける事とバックレストを倒してラゲッジスペースにする時に平らにしたかったからで、座り心地の事は考えてなかった。

しかし、今はシートの座り心地が乗用車の価値に占める割合は極めて大きいと感じている。そもそも、止まっている状態では、馬力だの静粛性だの操縦性だのブレーキ性能だのは一切関係なく、そのシートの座り心地のみで車の良し悪しは決まる。

そして運転中にもシートの座り心地は重要だ。もし、お尻が痛くなっても立ち上がる訳にはいかないし運転に集中も出来なくて安全にも関わる。

そのシート改造の方法は、まず適切な運転姿勢が取れるようにシートの位置と大きさを自分の体に合わせるようにする。小柄な人には座面が低すぎるのと座面長が長すぎるのが同時に起きるけど、座面長を短くすることで余ったシート表皮が座面の嵩上げで不足するシート表皮と相殺されてうまい具合に納まる。

そして、お尻が痛くならないように座面の形状をお尻に合わせたり、座面硬さに変化を付ける。骨の出張っている所は下げて柔らかく、その周辺や腿裏は持ち上げて硬く。シート表皮も弛ませておくと骨の出張っている部分に力が掛からない。

スポンジを加工した面は滑らかには出来ないから、表面をそのままにして裏側もしくは真ん中に切れ目を入れて内側からするか、表面からする場合にはその上に別の滑らかな面を持つスポンジや固綿を載せる事になる。

但し、車両の保安基準に内装材料の難燃性の技術基準というものがあって、表面からの深さ12mm迄の材料を対象としている事から、別の材料を使うとなると難燃性を証明出来なければ車検に通らない恐れはある。

しかし、燃えやすい材料を使った場合には保安基準に違反するかも知れないけど、それは騒音や排気ガスの規制値に違反するような他人への迷惑行為ではない。そして、この保安基準には高級車の内装材料に欠かせない厚さ3mm以上の板(合板を含む)や天然の皮革はどんなに燃えやすくてもOKという抜け道さえ用意されている。また、難燃性の基準が出来る以前に製造された車は、そのままは勿論、燃えやすい材料を使って改造した場合でもOKなのだ。

だから、個人が自己責任で改変する場合にまで、そんな保安基準を適用する方が間違っていると思うのだ。例え保安基準に違反していたとしてもそれは悪い事をしている訳ではないのだから、胸を張って自己責任で改造して欲しい。

因みに、我が愛車はフロントシートの座面とバックレストは(表皮とスポンジが貼り付けられていたから丁寧に剥がした上で)表面から、リアシートの座面は真ん中に切れ目を入れ、リアシートのバックレストは裏側から、それぞれ加工した。フロントシートの表皮のすぐ下には別の材料を入れたけど車検は問題なく通った。シート表皮がオリジナルのままなら問題とされる事は無いと思う。

そう言えば、シートを改造した結果、最適なフロントシート位置が5cm位は前進した。バックレスト下部を削った事だけではなく、座面を持ち上げた事でもバックレストの傾斜角の関係で腰の位置が後方にズレる。フロントシートの位置が前進したお陰で後部座席の空間も広がる事になった。あっ、それにリアシートの改造でも腰の位置が後方にずれてた…。

安全装備の置き場所を作る

保安基準では設置の義務は無いけど、携行するのが望ましい安全装備は幾つかある。停止表示板、緊急脱出用のガラス割りハンマーとベルトカッター、LEDライト。それに視界の確保の必要なハンドワイパーと窓拭きタオル。

これらは常備し、かつ何時でも出せる所に置きたい。だけど、自動車には専用の置き場所がなくて運転席の近くに置こうとするととても邪魔になる。そこで、フロントパネルの下部を切り取って空いていたスペースにこれらの安全装備の置き場所を作ることにした。


写真は助手席側からフロントパネル下部を覗いた所。左側中央は窓拭きタオル置き場、その下にはLEDライト、更にその下にはハンドワイパーの柄が見える。上部にはETC、その下側奥には移設したアクセサリーソケット、更にその下側奥には停止表示板がある。


この写真は助手席からの眺め。安全装備の置き場所は直接目に触れないようにしてみた。


LEDライトのお尻にはガラス割りハンマーから移植したチップを埋め込んだ。ドリルで丸い溝を掘り、接着剤で固めてある。ガラスを叩いた衝撃で外れるかも知れないけど試していない。

ライトのスイッチは電子式の為に極僅かづつ放電するから、お尻の電池ケースの蓋を少しひねってスイッチを押しても点灯しない状態で常備している。ライトの電池はCR123Aというリチウム電池を2本使う。灼熱の砂漠で10年放置しても使えるし、低温にも強い、非常用にはうってつけの電池だ。特殊な電池と思われるかも知れないけど、コンビニでも(今のところは)売られている。

LEDライトはマグライトのホルダーを使って固定している。そのホルダーをホームセンターで売っている金具を色々加工してパネルに取り付けた。金具にはどうしても溶接したい部分があったのでネットで見付けて街の鉄工所で千円で溶接してもらった。

ベルトカッターはカイトサーフィンの用具として売られているものをネットで見つけて購入。とても良く切れる。シートベルトを切るだけの為には勿体無い。お菓子の袋を開けるのにも便利。


現在はパーキングブレーキのカバーに物入れを作って、その中に入れている。

停止表示板とハンドワイパーは運転者の脛の上辺りに位置するから、運転中に絶対に落下しないように配慮している。まず、停止表示板は左側に引き出さないと外れないのだが、そこにはアクセサリーソケットのお尻が当たっていている。ハンドワイパーを外した上で奥に押し込んでから左側に引き出さないと取り出せないのだ。そして更に念を入れて別のベルトでも固定している。

固定ベルトは安全の為に加えたはずだが、下部を切り取った為に多少グラグラしていたフロントパネルがそれで安定して一挙両得だった。停止表示板を内装の構造材としても活用したのは世界でも唯一では無かろうか。

ハンドワイパーの置き場所は偶然発見した。アルトのファンの部品の間に丁度ワイパーがハマって固定される場所があったのだ。そして、ハンドワイパーにはロック装置を付けた。ハンドワイパーは横にスライドさせないと絶対に外れないのだが、その柄の穴に棒を差し込んでスライドさせない構造である。その棒を支える筒にはボールペンの軸を使ってみた。


更に、そのロック装置の棒が抜けないように、そのロックまで考えた。スパーリングワインのコルク栓で作った棒のつまみを回すと溝にハマって抜けなくなるのだ。

このシンプルな方法を思いついた時も本当に嬉しかった。

オーディオ評論は似非科学の塊

この間 作ったテレビ・オーディオ、実に音が良い。スピーカーのエージングも進んで来たのでトーン・コントロールも元に戻して…って、エージングなど在り得ん。オーディオ評論家の作った伝説だ。スピーカーはもう長い間使ってきたもの。音が変化してきたのはスピーカーではなく、自分の耳の方である。貧弱なテレビのスピーカーの音に慣らされてきた自分の耳がマトモな音に慣れて来ただけだ。

思うに、オーディオ評論家とは高価なオーディオ製品をあの手この手で褒めて読者に買わせる手伝いをする人達であろう。

それでも、アナログ全盛の頃はまだそんな事も在り得るかも、と読者も夢を見たのではないか。宝くじ買って一等が当たる夢を見るように。しかし、デジタル化されてからは流石に読者も騙されない。当たりクジのない宝くじは流石に買えない訳だ。

LANケーブルやUSBケーブルを変えて音が良くなるとかオカルトの話も本当かどうかはブラインドテストを実施すれば直ぐに明らかになるけど、そんな無鉄砲なことをするオーディオ評論家はいない。

今のスピーカーはオーディオ雑誌の付録なのだが、その号だけ付録目当てで買ったもの。普段はオーディオ雑誌など買わない。書いてあることが殆ど似非科学でアホらしくて。

オーディオの大部分がデジタルになった現代、スピーカーだけがオーディオの質を決めるのは事実だ。小音量で聞く限り、その他の部分は100万円の製品も4千円の製品(以前のCDラジオ)も殆ど同じと言って良い。オーディオで唯一のアナログ、楽器にも例えられ、人間の感性に訴える製品。だから、デジタル機器では通用しなくなったオカルト話も、まだスピーカーには通用するらしい。(材質が何十年も経って劣化して音が変化するというようなエージングは存在すると思うけど。)

しかし、スピーカーは高い製品ほど音が良いとは言えないのだ。近くに座って小音量で聞く場合には小型のフルレンジユニットのスピーカーが最適だ。その点では、我が家のスピーカーは高級大型スピーカーに優ると思っている。それに、直島のホテルにあったボーズの小型スピーカーよりも圧倒的に良い音だった。私の知る限り、我が家のが一番良い音だ(自己満足)。

それから、ハードディスクレコーダーに有線LANの端子が付いていて、ネットに繋がっていればCDのタイトルをネットから探して曲名を表示してくれることが分かった。しかも、一度そうすると、再度CDを再生する時にネットに繋がってなくても表示してくれる。情報は記憶されているらしい。

しかし、無線LANルーターに付いている有線LANの端子からケーブルでハードディスクレコーダーに繋ぐのは遠すぎる。所が、家のインターネットをADSLにしてから活用されて無かったモバイルルーターのクレードルに有線LANの端子があったから、そこから繋げるようになってこの問題も無事に解決した。

最高のポットを作る

以前、ポットの修理という投稿で言っていたガラスの中瓶の交換と保温力を向上させる為に中栓を改造した話。

中栓を注文した時と同じように、中瓶も送料を惜しんで百貨店に注文したら、後で家に連絡が入り、アルフィ社がサーモス社に買収された影響で、つい最近になって中瓶の交換はサーモス社の引き取りでの修理になり税別で5千円になります、中瓶を部品で取り寄せる事は出来ません、と言われた。

さて、困った。保温力が悪くても毎日使っているので何週間も修理に出したくないし、まだネットなら手に入るはず、と思って百貨店の方は断った。それで、以前ネットで見かけた店にアルフィ社のガラスの中瓶を注文する。3500円に消費税280円と送料650円の合計4430円。

注文したのが10月28日。それから一向に発送の連絡が来ない。やっぱり部品じゃ買えないのかも。タイ旅行が迫ってきたので11月16日以降に届くようにお願いのメールを出していたら、タイから戻った翌日16日に届いた。中瓶にパッキンが2種類。写真の右側は今使っているパッキンと同じで、左側は形は少し異なるものの使用可能らしい。


早速交換して見ると、確かに保温力が向上した。写真は古い中瓶。底の部分にヒビが見えるのを前回ポットの凹みを修理した時に発見したのだった。ポットを落として凹んだのは底面の角だから、底面のど真ん中のヒビは買った時に既にあったものと思われる。つまり、買った時から不良品だったのだ。


しかし、買った時にこれをオカシイとは思わなかった。てっきり蓋から熱が逃げているのが原因だと信じていたから。そのように信じさせる程、このポットの蓋は熱くなる。それは、このポットが片手で簡単に開けて使える利便性の代償だとばかり思っていた。

実際、このポットの使い勝手はすこぶるよろしい。蓋を少し開けた開き加減でもお湯を出せるので、我が家ではコーヒーを淹れるのにも重宝している。

しかし、この部品を買ったお陰で余分にパッキンが付いてきた。このパッキンだけを注文することは(サーモス社の方針が変わらない限り)今後出来ないだろうし、今回も含めて後1回交換出来るのだから良しとしよう。

さて、このジュエルクロームというポットの保温性能だが、カタログ値は10時間で70度以上、24時間で55度以上らしい。蓋から盛大に熱が逃げている割にはポットとしてまずまずの成績だろう。何せ、蓋以外はガラス製の中瓶で銀メッキという保温力に関して最高の仕様なのだから。


中栓を交換した時に分解してみて、この中蓋が全く断熱されてないことに初めて気付いた。写真の右側は厚さ1mm程のゴムで中は空っぽになっている。

何故、アルフィ社は中栓を断熱しないのか。これだけ高いポットだからコストの問題ではないだろう。ホテルなどで使われる事が多いらしいから、蓋を触るだけで中のお湯がまだ熱いかどうか分かるためにわざとを断熱しなかった、というのが私の憶測だが。

しかし、我が家でこのポットを使う限りそんな事より保温力の高い方が有難い。車の改造で使ったスタイロフォーム(断熱材)の残りが家にあったので、早速土台にはめて見た。


発泡スチロールでも断熱性は同じだと思うが、スタイロフォームは加工性がとても良い。カッターナイフで切って紙ヤスリで形を整える。試して見ると確かに効果がある。しかし、これを作っている最中に土台の真ん中のパイプが無かったらもっと断熱性を良く出来るだろう、とも思った。

このパイプは一体何の為にあるのか。それを理解した上でパイプを取る。これが改造の基本である。で、これはお湯が冷めてきた時にゴム栓が凹むのを防止する為だろうと推測。それならパイプの代わりにゴム栓の中全体に断熱材を詰めれば良いだろう。


そして、これが今日作った改良型中栓である。土台のパイプは切り取って跡地は彫刻刀で丁寧に整地して断熱材を最大限に詰め込んだ。二段重ねにしたからまるで鏡餅である。そして、更に熱線を反射させようとアルミ蒸着フィルム(百均の店に置いてあるレンジ脇の壁に貼るもの)を載せる。もうこれ以上の断熱は出来ない、最強の中栓である、と思っている。

お湯の温度を測定するような事はしないけど、蓋を触ってその効果は分かる。その美しさと使い勝手に最強の保温性能が追加された。世界最高のポット(自己満足)の完成だ。

京みやげに鯖寿司

昨日、京都に夫婦で行って龍谷ミュージアムでアンコールワットへの道という展示を見てきた。最近アンコールワットのNHKスペシャルを見たばっかりだったし、娘が陸路!で行くと言ってるから関心があったのだ。

最近は美術館や博物館の催しを出掛ける口実にすることが増えている。京都に行くのも気軽になって、引っ越してから生活も明るくなった気がする。行きはJRで昼特きっぷを使って、帰りは阪急の全線切符で。京都駅の地下街で早めのお昼にしてから龍谷ミュージアムに向かう。

龍谷ミュージアムは龍谷大学が西本願寺の目の前に新しく作った施設らしく、我が家のちょっと古い道路地図には載ってなかった。JR京都駅から歩いて行ける距離。放送大学は学割目的で入学した訳ではないとは言え、使えるものは使う。400円割引。

展示は石の仏像が殆どで、その全ての足が壊れていた。恐らく足を破壊して持ち去ったものであろう。心が痛む。

その後、錦市場まで歩いて行く。ちりめん山椒と宇治茶を購入。とある雑貨屋の奥にカフェスペースがあったので、コーヒーとパウンドケーキで休息。お手頃価格で美味しかった。だけど、せっかくなら老舗の喫茶店の雰囲気を味わう方が良かったかも、とも思った。最近の心境の変化。

そして、最後に高島屋で「いづう」の鯖寿司を購入。前回、京都駅のデパ地下で「いづう」の積りで鯖寿司を買ったけど、実は「いづう」では無かったから、そのリベンジなのだ。

その、前回買った鯖寿司は「いづう」では無かったが、とても美味しかった。鯖が肉厚で驚いた。すっかり鯖寿司のファンになった。

家に帰って、夕飯は勿論鯖寿司である。包を開けると昆布で全面が覆われている。その昆布を外すと、中からは普通の鯖寿司が出てきた。美味しかったけど、鯖は肉厚ではなく、拍子抜け。


その「いづう」とは、鯖寿司では最も有名なお店。値段も恐らく最も高い。では、今回「いづう」の鯖寿司を買って後悔したのか、というとそうでもない。それを一度は試さずして他の鯖寿司を評価する訳にはいかないと思うのだ。ケチケチ路線からお金を上手に使おうと意識を変えるように努めるこの頃。

兎に角、我が家の京みやげには鯖寿司が定番となった。で、今度京都に行ったら、錦市場で見かけた「済みません、本日売り切れです。」の鯖寿司を試そうと思ったのだった。

テレビのスピーカーを外付けに改造

今日は、小学校のPTA委員の時代から続いている主婦の忘年会(最近はランチらしいけど)と称する集まりに妻が出掛けた。その隙にテレビの改造をすることにした。

以前の住まいでは、CDラジオのスピーカーを外付けにすることで立派なオーディオセットにした積りで得意になっていた。しかし、引っ越ししてからは、そのCDラジオに良い居場所を与えられなかったから、工作部屋の片隅に追いやられた。

最近、妻がリビングで音楽を聞きたいというのでハードディスクレコーダーでCD再生するように勧めたけどテレビの音では余り聞く気になれなかったらしい。

そこで、テレビのスピーカーを外付けに改造することにした。音楽だけでなく、ドラマや映画の音も良くなるし、オーディオセットも不要になって我が家の余分なモノの断捨離にもなる。我が家のテレビには外部スピーカー端子などの気の利いた装備はないけど、内部スピーカーへの配線を外に引き出すだけの単純な改造さえすれば良い。(但し、改造するのは製品保証期間が過ぎてからにしないと、改造に関係ない所が故障した場合でも保証が受けられない。)


延長するコードはハンダ付けにする。そして、そのハンダ付けに最適な場所がキッチンなのだ。床を焦がす心配もなく、換気も大丈夫。眉をひそめる人さえいなければ。

そして、彫刻刀でテレビの裏蓋にコードを外に引き出す溝を作る。コードには結び目を作り、その結び目が溝の所に当たるようにしておけば、コードが引っ張られてもハンダ付けの箇所には力が掛からない。内部スピーカーの端子は一つだけ外し、宙に浮いた端子金具は絶縁しておく。これで、内部スピーカーからは音が出ないけど、もし外部スピーカーの音が気に入らない場合にはその端子金具を再びはめる事で元に戻せる。

そして裏蓋をはめて完成。後は掃除をしっかり。キッチンで退避させていた品々も元の通りに。


完成したテレビ・オーディオの姿。この外部スピーカーも実は手作りで、しかも使っているスピーカーユニットもステレオという雑誌の付録のキットから作ったもの。箱はホームセンターで売っているMDFという板をカットサービスで自分の設計通りに切ってもらい、スピーカーとコードの穴だけは自分で開け、それを組み立てて木工ボンドで固める。箱の中には車のシートの改造で余った硬綿を詰めた。

このスピーカーユニットにしては大きめの容量の完全密閉型のスピーカーボックスである。完全密閉型はバスレフ型よりも設計が楽だし、音も自然で好きだ。バスレフ型は低音が出るとは言うものの共鳴した音だから、(コンサートホールのような響きなら良いけど)音源によっては不自然に聞こえるのだ。

早速、音が出るか確認して見る。確かに両方のスピーカーが鳴っているが、低音が不自然に大きい。きっと、テレビ内蔵の貧弱なスピーカーの特性を補正するようなアンプの特性なのだろう。トーン・コントロールの設定で何とかしないと。で、テレビの取扱説明書を捜す。見つからん、困った、妻が帰ってくる迄に何とかしないと。

捜すこと30分、テレビの取扱説明書は妻のPCを入れておく箱のPCの下に入っていた。早速、音を調整する。イヤホン時にはオフになるというイコライザーという項目があった。説明には「スピーカーの音を聞き易い特性にする」とある。きっとこれだ。そしてオフにして見ると、ようやくマトモな音になった。

これで音楽を聞くと実に良い音だが、テレビの音声だと低音がまだ大き過ぎる。きっと、今迄のショボい低音に慣れていたからだとは思うけど、トーン・コントロールで少し低音を下げ高音を上げて調整しておいた。

妻が帰ってくるのに間に合った。さて、散歩にでも行くか。

マイナンバーがやって来た

今日、我が家にマイナンバーが届いた。

息子は大学の在る街に住民登録を移しているから、私と妻と娘の3人分。そう言えば、ちょっと前に自家用法人のマイナンバーも届いていた。こちらは普通郵便で。法人のマイナンバーは公開されるそうだから、それで良いのだろう。

それで、私と妻のマイナンバーカードを作ることにして、今年パスポートを作った時に撮った写真の余りを申請台紙に貼って投函した。撮影後6ヶ月以内ならOKだから丁度良かった。パスポートの写真と同一にしてみたかった。

自家用法人でeTAXを利用する時に電子証明書が必要になる。今迄は住基カードに入れた電子証明書を使ってきたのだが、転居したから使えなくなっていた。だが、マイナンバーカードを作れば無料で電子証明書も付いてくるのだから便利な世の中になったものだ。

しかし、今度の年末調整事務で電子証明書が必要になる。源泉徴収票と法定調書合計表の提出期限は1月末である。是非ともそれ迄にマイナンバーカードが欲しいから、日頃のんびりしている私だが即日でマイナンバーカードを申請したのだった。

アルトはスズキの良心作

先の[自動車改造論]という投稿で、改造が上手くいった時に「開発陣の知恵をユーザーが越えた」と書いたけど、それは言い過ぎかもしれない。

アルトにはフロントスタビライザーの設定が無く、そのためハンドルを切った時のロールが大きいし、強い横風でふらふらする。フロントもリアもシートの座面やバックレストの形状が真っ平らで座り心地が何とも悪い。リアシートのバックレストは角度が寝かしすぎだし、フロントシートが低いので見通しが悪い。

買った当時はダメな設計だなあ、と思っていたけど、今は安い車が必要な人に安い車を供給する、というスズキの方針に沿った設計なのだなあ、と感じている。

アルトは本当に安い。メーカーの利益も少ないだろう。もし、アルトにダメな所が無かったらアルトばっかり売れてスズキは儲からない。だから、日常の足として安い車が無くてはならない人の為に儲け度外視でアルトを作り、儲けは売れ筋の車種で稼ごうとしているのかも知れない。言わば、アルトはスズキの良心作なのである。

そう思ったのは、アルトのライバル、ダイハツのエッセという車の写真を見た時だ。リアバックレストの上端を支える金具とパーキングブレーキレバーがアルトと全く同じ部品だと気付いた。アルトの設計者は、この一番安い部品を使って設計するように言われたのか、と納得した。

そうすると、バックレストの角度もこれ以上立てられないのかもしれない。(もう一つの可能性は、バックレストを寝かせることで室内長というカタログの数値を大きく出来るから、セールス上そうするように言われたのかも。) パーキングブレーキレバーの高さが決まっていれば、それに合わせてフロントシートの高さも決まる。シート表面の形状も平坦にしないと表皮の縫製が複雑になってコストアップになる。リヤシートのバックレストにしても必要でない人々もいる。追突事故など在り得ない離島で使うとか、リヤシートには小さな子供しか乗せないとか、そんな使い方ならバックレストは無駄なコストだ。

別に開発陣が悪い訳ではない、コストを最優先にするアルトという車の性質から生まれた設計なのだ。

しかし、アルト(型式:HA24S)という車は、ワゴンR(型式:MH22S)という売れ筋の車と同じプラットフォームである。エンジン、サスペンション、ステアリング、ブレーキなど走行に関する基本部分は同一なので部品の流用も出来る。

そこで、ワゴンRのパーツカタログも手に入れ、フロントサスペンションを調べた。アルトとの違いはスタビライザーの部品の有無だけだった。つまり、その部品を取り付けるだけでアルトにフロントスタビライザーが付くのだ。逆に言えば、アルトはコストの為に部品を削られて安定性を損なった不完全なフロントサスペンションにされている。

だから、その失われた部品を復活させる行為は改造と言うより補修と言うのが相応しい、とさえ思う。スズキのディーラーに取り付けを頼んだら断られたので、馴染みの自動車整備工場にお願いして取り付けて貰った(部品代込で2万円)。

これで、走行性能に関して、我が家のアルトはワゴンRの上を行く。軽量だし、重心は低いし、前面の面積が小さいから燃費も良いし、側面の面積も小さいから横風の影響も小さい。

フロントシートに座布団を置くことで高さは取り敢えず高く出来る。所が、そうするとパーキングブレーキレバーとシフトノブの位置が下過ぎる。市販のシフトレバー延長棒を使えばシフトノブの位置は上げられる。ではパーキングブレーキレバーをどうやって持ち上げるか。色々考えた挙句、結局はワゴンRのパーキングブレーキレバーに交換することにした(部品代はブレーキカバーも入れて1万円強)。


シフトレバーは最初は真っ直ぐの延長棒を使っていたが、その後にくの字型の延長棒に変えた。更にくの字を運転席側に少し捻った位置で固定してシフトノブが好みの位置になるようにした。写真は1速に入れた時、シフトレバーの延長線よりもシフトノブが運転者側に傾いているのが分かる。

フロントシートも座布団を置いておくだけでは気が済まなくなって、大胆に改造した。写真のシート座面の側面、リクライニングレバーの上辺りに横に筋が入っているけど、その位置が元の座面の高さである。


座面を持ち上げるのは主に手芸店で売っている座布団用の硬綿である。化繊綿が層状に固められているので薄く剥いで厚さを調整することも出来る。スポンジと繊維が絡まるとズレないので接着剤などで固定する必要がなく何度でもやり直しが効くので、座ってみないと上手くいったか分からない手探りの改造にはとても有効だった。それと、ホームセンターで売っている硬質スポンジとチップウレタンも使っている。

バックレストもスポンジを表面から大幅に千切って硬綿を表皮の下に入れてある。リアシートも単にスポンジを千切るだけでなく、硬綿や硬質スポンジを駆使して最適の座り心地を追求している。

最後に、切り刻んだフロントパネルも運転席から見ればマトモに見える証拠写真。


センターコンソールとか余分な物は一切ないので足元が実に広い。そして、運転席のフットレストも改造して取り付けた。助手席にもフットレストを作ったけど、マットの下だから見えない。

自動車改造論

久々に我が家の車の改造をした。リヤシートの座り心地を改善しようと、あれこれ。

車は設計通りのままが一番良くて、改造すればする程ダメになる、という説がある。エンジニア達が昼夜頑張って最適値を求めて実験して設計されたものを素人が変更しても改悪にしかならない、という訳だ。これは正しい面もあり、また違う面もある。

製品開発にはコストと期限という制約がある。その縛りの元でエンジニア達は最善を尽くしたとは言え、もしその制約が無ければ、もっと良い物が出来たのでは、という部分は必ずあるのだ。

もう一つの問題は、万人向けに設計されている、と言うこと。シート高さもシフトレバーの位置もパーキングブレーキレバーの位置も私の体には合ってなかった。自分の体に合うように車を改造する、というのが改造の目的の一つなのである。

自動車改造業界の餌食になる人々

車の改造と言うと、マフラーを交換して排気音をうるさくし、車高を下げて乗り心地と使い勝手を悪くし、巨大ホイールと極薄タイヤに大枚を叩く事だと思うのが世間一般ではないか、と思っている。そんな改造をする人々は、車を格好良くすることが第一である。つまり、改造している事が人目に分からなければ意味がない。だから、そんな改造が世間一般の目にも付くのだ。

車高を下げれば下げる程、タイヤは薄ければ薄い程格好良いと信じ込まされている人々。そして、自分で改造しないで改造ショップに依頼する場合が大半のようである。しかし、改造費用はそれだけ高くなるのだ。勿論、お金が無いからローンを組んで。

自分で車を改造する参考になるような書籍は無いかと探すけど、車の改造雑誌の大半はオーナーの痴性が現れる欠陥車に改造する例ばかりである。結局、改造雑誌も含めて自動車改造業界というものが存在し、無知な人々に変な思想を吹き込んで変な改造をさせてお金を巻き上げているのだろう。

改造しない改造

自動車保険の項目に、あなたの車は改造していますか、という質問項目がある。この改造というのは、構造等変更検査を受けるような大規模な改造をして車検証に「改」の文字が入った場合のみが該当する。だから、私は改造しているにも関わらず、いいえにチェックする。

公道を走らせる場合は道路車両運送法の保安基準を満たした改造でなくてはならない。簡単に言えば車検に通る改造である。自分で趣味で改造するなら車検記載事項に変更なく、無届けで改造出来る範囲に留めるのが無難である。

その無届けで改造出来る「軽微な変更」の範囲は、自動車部品を装着した時に、車両の寸法と重量の変化が一定範囲(軽自動車の場合は、長さ:3cm、幅:2cm、高さ:4cm、重量:50kg)に納まる場合、又は指定部品を溶接又はリベット以外の方法で装着した場合、となっている。

例えばルーフキャリアなど装着すれば4cm以上高くなるけど、指定部品に含まれているからネジやボルトで留めるならOKである。

そもそも、容易に外せるなら改造にすらならないのだ。例えばシートの表皮を張り替えるとすると、その材質は難燃性の基準を満たしていないと車検に通らないけど、外せるシートカバーなら如何に燃えやすくても全く問題にはならない。

固定するようなものでも、他の車の部品を流用するような場合は保安基準を満たしているはずだから、大抵の場合は合法的に改造出来て、しかも公的には改造していない事になる。

そもそも改造を始めたのは

自分のニーズに合う車があれば、最初からそれを買うのが一番良い。改造にはお金も時間もかかる。それでも新車で車を買って私が車を改造しようと思ったのは、リヤシートにヘッドレストが付いて無かったからだ。追突された時、乗員の首を守るには絶対に欲しい装備だ。

スズキ アルト、そのシリーズの最上級グレードのXにはリヤシートのヘッドレストが付いていたけど、XにはMTの設定が無かった。しかし、私はMTの車を買いたかった。

車のグレードが違っても基本的な部分は同じだ。高いグレードになるにつれ、装備が増えたり複雑になったりするだけだ。だが、装備が最も少ない最低のグレードこそ、最も軽く、最も故障しにくい車である。ある意味、車としてシリーズの中で最も優れているのだ。そう考えていたから、一番安いグレードのEを選び、ヘッドレストを後から付ける事にした。その他の装備はEでも十分満足出来た。エアコンもオーディオも付いていた。

購入時、アルトEのMT仕様は日本の中で最も定価の安い乗用車で、しかも車齢13年以上の車(その当時の愛車アコードは車齢23年だった)を廃車にして購入すれば12万5千円の補助金が貰えた。最も安い車に乗っているというのが私にはある意味自慢なのである。

サービスマニュアルとパーツカタログも同時に購入してどうやって改造するか検討した。リアのバックレストを加工してヘッドレストを取り付けられないか色々考えたが、結局はX用のバックレストを購入して交換。部品代(全部で8万円位)は高かったが、部品交換による改造は実に簡単だった。

しかし、部品の交換や追加などは自動車メーカーの開発陣の想定内の事。コストや販売戦略の為にやらなかったのをユーザーが代わってやったに過ぎない。こんなの改造とは言えない。

後戻り出来ない改造

真の改造とは、車体に手を加え、部品を改変したり新たに作る事だ。全くの手探り、何回やっても失敗の繰り返し、だが、ようやく上手くいった時の充実感は格別だ。それは開発陣の知恵をユーザーが越えた証と言える。

しかし、こんな改造に普通の人は手を出さない。完成までにベラボウな時間がかかる という事もあるだろうが、最大の理由はこんな改造を始めたら、もう後戻り出来ない…つまり元に戻せない事だろう。そんな改造をした車は価値が大幅に下がるから、乗り潰す気が無ければ、そんな改造は出来ない。

助手席の足元の狭さに呆れ、この灰皿が邪魔だと発作的に新車のフロントパネルをノコギリで切ろうとした時、これでもう後戻り出来ないと思うと、さすがに躊躇したものだ。安価なアルトでなくベンツだったら果たして出来たかどうか。

愛車紹介

その改造されたアルトの現在の姿を紹介する。


窓越しにリアシートのヘッドレストが見えるが、黒いドアノブが示す通りこの車はアルトの最低グレードEである。その他に満5年の車検時にホイールをスズキの(わざと)バン用のスチール製13インチに変えてみた。

元が135/80 R12という細いタイヤで走行安定性が良くなかったし、このタイヤサイズは製品が少なかったから、別の指定サイズである155/65 R13のタイヤを履きたかったのだ。外観の変化は、このホイールを変えた事しかない。センターキャップは敢えて付けなかった。フロントハブのサビが目立つので、黒錆化させる薬剤を塗ってから銀色に塗装した。後で耐熱塗料にした方が良かったかもと思ったが、今のところ問題は起きてない。ホイールキャップが無くなって、タイヤの空気を入れやすくなった。

さて、今日の作業はこれ迄に改造した部分の微調整。リアバックレストの下部のスポンジを裏側から指でちぎってもう少し凹ませてみた。


それで取り付けてみて…座って確認。そして、下の写真が苦労して改造したリアシートの全貌である。今回ちぎり取ったスポンジは集めて袋に入れた。


シート座面も、これは前面の真ん中から切れ目を入れてスポンジを切り取ってある。そうすると、座面の傾きが小さくなり、バックレストを倒してラゲッジスペースにした時にフラットに出来るし、あぐらをかいて座るのにも都合が良い。

普通に座る時は、取り外したバックレストの表皮を再利用して作った座布団で腿裏を支える。この座布団の中にはバスタオルが入っていて、チャックを開けて取り出して使う事も出来る。

それから、ノコギリで切り取った灰皿の部分の現在の様子。こうして横から写すとカッコ悪いけど、運転席から見れば問題ないようにした積もりだ。跡地にはETCとか窓拭きタオルとかLEDライトとか取り付けた。そうすると、それらの備品に手を伸ばすのに必要な空間として、最初からそのようにデザインされていたように見えてきた。


まだまだ自慢したい改造があるのだが、今回はこの辺で。

Windows10が不躾なアップデート

今朝、Windows10のアップデートの通知が来ていたので気軽に実行してみた。

これが随分大幅なアップデートで、かなりの時間がかかる。しかし、動作が以前より何だかキビキビしている、まるでWindows11にでもなったよう。

所が、日本語入力システムに削除したはずのMicrosoft IMEが復活している(Google日本語Inputは残っていたけど)ではないか。しょうが無い、これは削除。それに、変換もオカシイ、CapsLockで変換してくれない。つまり、キーの変更が効かなくなっている。まあ、これはレジストリを再度変更すればよいはず。以前に残していた設定ファイルを実行し、再起動すれば元通り。

しかし、アップデートで人の設定を勝手に戻すというのは如何なものか、とマイクロソフトに文句を言いたい。この先アップデートの度にこんな事になったら嫌なのである。

それから、Windows8.1から10にアップデートしてどうなったかの報告。使いやすくなったけど、古いデバイスドライバが動かなくなってしまった。周辺機器メーカーがWindows10用のデバイスドライバを提供してくれれば問題無いのだが、古い製品だとWindows8.1までしか対応してくれない。

しかし、古いデバイスドライバでも当然動くはずなのに、受け入れないというWindowsの方針の方がどうかしてる。せいぜい、古いバージョンだけどOKか?という警告位にして欲しいものだ。そのせいで、我が家のもう一台のPCは未だにWindows7なのだ。

まだ、大して使ってないけど、今回のバージョンアップでスリープから復帰した時に無線LANが時々繋がらない事があるWindows10のバグが治っているような、しかし、Google Chromeブラウザがフリーズするという新たなバグも入ったような、気がする。

タイに行ってきた

4泊5日で妻とタイに行ってきた。旅行の目的は留学中の娘に会って留学の様子を見聞きすること。LINEでのメッセージや写真や電話で連絡しているから分かっている積りでも、暮らしている街や学んでいる大学の雰囲気、そして娘のお気に入り料理の味は行って体験しなければ分からない。

旅の骨格、フライトとホテルを決める

HISのツアーで航空券とホテルと空港の送迎がセットになっているのを利用した。個別に航空券とホテルを手配するより一人1万円程割高にはなるが、旅行中のトラブルはHISの方で何とかして貰えるという安心感を買った。

関西空港とバンコクの往復にはタイ国際航空の昼の直行便を使った。他のどの便よりも高いが一番楽だと思うからそれだけの価値はある。勿論、もっとお金を出してビジネスクラスで行けば、フライト中の快適と優先チェックインでのいい気分も買えるけど、出入国時の煩わしさはエコノミーと同じだし、家からホテル迄のトータルの快適さ を考えるなら空港迄のアクセスを楽にする方がビジネスクラスよりも重要な気がする。

その意味では、ツアーに空港とホテルの送迎が付いているのをオマケのような積りだったけど、実際は特に不案内な旅行者にはとても有難いサービスだった。大荷物を抱えての公共交通の利用は通勤通学ラッシュに遭えば大変だし、タクシーは使ったことないから不安だし。それに、送迎のガイドには滞在中の注意点と必須タイ語まで教わった。

そう言えば、娘の留学が決まった頃に知人に話したら、じゃあ一緒にタイに行きましょうと言われたけど、其の時は社交辞令だと思っていた。こちらの日程とホテルが決まったので知人に連絡したら、本当に知人家族も同じ時期に行くことになって、しかも帰りのフライトは(ウチがどの便にしたのかは連絡して無かったのに)同じ便だった。きっと、幼い息子さんや彼のお母さんも一緒だったから、私と同じ考えで最も楽な便にしたのだろう。知人家族とは娘の大学を案内した日を除いて全く別々に行動していたのに、空港のチェックインの長い列の私達のすぐ後に知人が並んだ時は本当にびっくり(同じ便に乗るから不思議はないけど)したけど、お陰で順番待ちも楽しく過ごせた。

ホテルは交通が便利で日本語が通じやすく、ウォッシュレット完備のクラウンプラザホテルにした。BTSという高架鉄道のサラデーン駅と地下鉄のシーロム駅から徒歩数分。成る程、これは便利だった。サラデーン駅前にはモールもあるし。娘の寮からも近いし。

このホテルは日本の新聞や食事も完備。しかも、日本のテレビ番組まで映る。ホテルのビュッフェには味噌汁、納豆、ご飯、漬物もちゃんとあった。それに料理の表示には英語に加えて(タイ語表示は無いのに)日本語もあるのだ。尤も、「English Bacon」の訳が「英語ベーコン」なのには笑ったけど。

にわかセレブ体験

このホテルはサービスも完璧。少し部屋を空けていると何時の間にか水のボトルやティーバッグが補充され部屋が片付いている。フロントで1万円をバーツに両替して貰ったけど、関空で千バーツ両替したレートよりも大分良かった。それに、フロントでは水のボトルも貰えるらしい。兎に角、何でも頼めてしまうのだ。

セレブは日常こんな気分を味わっているのか…とは思ったが、何時も監視されているようで落ち着かないとは妻の感想。何でも他人にやって貰っていれば、自分では何にも出来ない人になってしまう。何も出来ないセレブは所詮、憧れの対象にはならないはずなのに、マスコミはやたらと持ち上げるなあ、と苦々しく思う。

私はセレブじゃないからこんな事までやって貰えるのかと驚くけど、それだけの事。セレブ生活には自分でやる事で得られるワクワク、ドキドキの体験はやってこない。能力や知識の向上もない。結局、セレブ生活は、人にやって貰うという立場になって偉くなった気分を味わうのが目的じゃないのか、と思った。

仏教テーマパーク、ワットポー

娘に行きたい所は何処かと聞かれて、娘の大学と寮の部屋(男子禁制なので妻が訪問)さえ訪れれば十分と答えていたけど、ワットポーにも行きたいとも答えていた。仏様でも寝転がっているというのがタイらしいと気に入っていたから。

ホテルからはタクシーで向かう。ホテルの人にタクシーを呼んで貰うとピカピカの新しいタクシーがやって来た。単なる偶然か、或いは選りすぐりの車を寄越したのか。バンコクはタクシーがとても安い。二人以上ならBTSより安いと思う。但し、時間帯によっては渋滞で大変だから、そこは使い分けて。

入場料は100バーツ、水のボトルの引換券付き。王宮などに学生証だけで無料で入れた経験で娘は当然無料で入れると思っていたけど、大学の制服を着てないと駄目だと言われた。

日本の仏像は金箔が殆ど剥げ落ちているけど、タイの仏像はどれも金ピカである。絶えず補修しているらしい。古いものにも手を加えるのには抵抗がないということか。それに建物はどう見ても新しい。装飾がされているけど柱はコンクリートだろうし、天井の梁はH鋼のようだ。熱帯地方だから、木造の建物は長く持たないのでは無かろうか。


しかし、新しい施設も含めてこのワットポー全体が仏教テーマパークのように調和したデザインで作られているのは見事である。観光客の多くはこの仏様だけを見て帰るのだが、それはワットポーの一部に過ぎない。本堂や寄進された沢山の仏像や熱帯独特の鳥の鳴き声など味わう事が出来る。

その後、リバーサイドのネイビークラブというレストランで昼食。どうもタイの海軍施設らしいのだが、娘がバンコクに詳しい人に連れて行って貰った事があって、誰でも入れる穴場らしい。

帰りはチャオプラヤー川のエクスプレスボートでサパーンタクシン駅まで行ってからBTSでホテルに戻る。一日で色んな乗り物に乗って楽しかった。

英語を嫌っていたはずなのに

タイ語の本は何回も図書館で借りたのにサッパリ頭に入らず、結局タイ語は空港からホテルまでの送迎でガイドが教えてくれた必須タイ語4つの内の「こんにちは」に当たる「サワッディー」と「ありがとう」に当たる「コックン」だけを覚えた。残りの2つは「幾らですか」と「まけて下さい」だから、買い物嫌いの私は結局覚えていない。

尤も丁寧形にするには、それに男性は「カップ」、女性は「カー」という決まり文句を付け加える。タイ人は英語でもこれを付け加えないと丁寧な気がしないらしく、女性客室乗務員は「Thank you カー」などと挨拶していた。

この2つの言葉を知っているだけでもタイ人との距離が縮まるような気がする。それに、「サワッディー」という言葉は「おはよう」、「こんばんわ」、「さようなら」の場面でも使えるとても便利で大事な言葉なのだ。

ホテルでは日本語で用が足りるとの事だったが、日本語担当者がいない時もあって、そんな時にちょっとした話をするにはやはり英語の出番だった。日本語では押し通せないと知るや、もう15年以上も使って無かったのに英語が自然に出てきた。こういう時は英語が実に便利なコミュニケーションツールだと感じる。

日本での英語熱に危機感を抱いていたから英語に対して素直な感情を持てなかったけど、英語はやっぱり頼りになる奴だった。英語との距離をどう取っていくのか、改めて考えようと思ったのもタイ旅行の収穫だ。そして、タイ語を知らず英語だけではタイのほんの一部しか知り得ないことも。

年末調整の用紙が税務署から届く

数日前、年末調整の為の用紙が税務署から届いた。例年の事でやる事は分かっている。1月の給料日前迄に、「給与所得者の扶養控除等申告書」を私に書かせて会社に提出させる事と残りの期限は全部1月末である。

だから、例年は暫くそのまま放置していたのだが、今年はマイナンバーの件で何か変更点があるかも、と思い出して封筒を開けてみた。

そうすると、1月末に税務署に提出する書類については全く変わらず、そして、平成28年分の給与所得者の扶養控除等申告書のフォーマットだけが変更されていた。自家用法人の法人番号を記入する欄と給与所得者としての私の個人番号及び控除対象者としての私の家族の個人番号を記入する欄が増えていたのだ。

まあ、これは会社で保管しておく書類で、査察が入らない限り税務署には見せない。そうやって会社で番号情報を保持しておいて、来年の年末調整時に税務署に提出する書類に書かせる事になるのであろう。

自家用法人なら問題ないけど、他人の個人情報を管理しなくっちゃならなくなった一般企業は大変だな、と思った。

Dlifeの映りが良くなっていた

以前、「新居でDlife難民になる」というタイトルでブログを投稿したことがあるけど、その後日談である。

先日、ケーブルテレビの設備点検と称して、このマンションの各家庭にサービスの人がやって来た。勿論この設備は滅多に故障するものではないし、たとえ故障したとしてもガス漏れとか漏電とかの人命に関わるような事は起きないから、点検などする必要は毛頭ない。つまり、点検は口実でケーブルテレビへ加入させる営業活動なのだ。

それでも、こちらとしてはDlifeの映りが悪いと苦情を言ういい機会だと思って楽しみにしていた。所が、ケーブルテレビの担当者が言うには、BSの電波はこのマンションで受信しているものだという。その電波とケーブルテレビからの地上波の電波を混合して各家庭に分配しているとのこと。ケーブルテレビからもBSの信号は送っているけど、それを受信するにはケーブルテレビに加入してセットボックスを設置する必要があるらしい。

それからケーブルテレビの担当者はインターネットを売り込もうとしたけど、我が家はADSLで月1,500円程ですと答えると、どうしてそんなに安いのかと逆に聞かれたので色々説明してあげた。

しかし、良い事を聞いた。Dlifeの映りにケーブルテレビは関係なかった。それなら家主にBSの受信設備を更新して貰うように頼んでみよう。

だけど、最近のDlifeは何故か映りが良い。秋晴れが続いているからだろうか、と思いながらDlifeのアンテナレベルを調べたら58-59あった。以前は48-50辺りで映るか映らないかのギリギリだった。翌日は曇りだったが、アンテナレベルは58-59と晴天の時と変わらず。

他局と比べればまだアンテナレベルは10程低いのだが、これなら問題なく映るレベルだ。何故こんなにアンテナレベルが向上したのか原因は分からない。このマンションの他の人が家主に頼んだのかも知れないけど。

とにかく、解決したので、この問題については もう調べないことにする。

中央新幹線の事

日経新聞の私の履歴書は、JR東海の名誉会長の話もいよいよ終盤である。今日の話は中央新幹線の事だ。

前回、まだ政府がJR東海の株式を持っていると勘違いしてブログを投稿したが、2006年4月に既に完全民営化していた。前のブログは修正しておいた。私は政府の圧力で作らされるのでは、と妄想していたけど、そうではないとすると、何か別の理由があるはずだ。

まず、この人は自分の積極的な経営がことごとく成功しているという体験を有している。国鉄の分割民営化への道筋を成功させた後、JR東海の職員になった後は新幹線への積極的な投資をして業績を向上させてきた。新型車両の導入による速度向上が需要を増やし、それを捌くために品川新駅を作り、名古屋駅を大規模開発する。

そうすると、中央新幹線で便利になれば、きっと需要も更に増えるだろうとの楽観がこの著者にはあるのだろう。しかし、それ以上にJR東海自ら建設するとの態度表明で中央新幹線の計画全体の主導権を握る事こそが著者にとって大事なのだと思う。

JR東海がやる気がなくても中央新幹線は建設されるとの読みがあるはずだ。JRとは別の団体、政府が仕切っている鉄道建設・運輸施設整備支援機構によって。もしそうなったら、中央新幹線の営業主体がJR東海になるとは限らない。名古屋まではJR東日本、名古屋から先はJR西日本、等と決まるかもしれない。そうなればドル箱路線の東海道新幹線の儲けが殆どだから、JR東海の経営は一気に苦しくなるに違いない。

しかし、もうJR東海が建設すると決まったので恐れた事態は生じない。後は経済状況その他を見ながら建設する事も、意図的に工事を遅らせる事もJR東海の判断で出来るのだ。今日の話の最後には、著者のその本音が現れている気がする。
国鉄改革で背負った過去債務は制御不能の経営リスクであり、その克服は「捨て身の積極的経営」と「デフレ・ゼロ金利の天佑」が織りなした奇跡だった。一方リニア中央新幹線建設のリスクは未然のものであり、回避可能である。経済状況の変化、工事の進捗などに柔軟に対応し、健全経営と安定配当を堅持しつつ建設を進める方針である。
しかし、リニア方式を強力に押し進めているのは何故なのかは分からない。現行方式の3倍もの消費電力を要し、新幹線網に接続することも出来ない、それに乗る人だってお弁当を広げる位の時間的余裕は欲しいと思うのだが。

ほぼ最短のコースを取る中央新幹線なら、距離は短くなるしカーブも殆ど無いだろうから現在の新幹線の技術でも時速300km以上で運転出来るなずで、そうすると東京ー名古屋の所要時間は1時間を切るだろう。リニア方式との差20分は駅までのアクセスや列車の待ち時間で逆転出来る程度の差でしか無いと思うのだが。沢山エネルギーを使って、ゆとりの時間も無くして、という社会の方向はいい加減に止めて欲しい。

まあ、リニア方式の開発を一度始めた以上実用化しなければ、という思いもあるようだが。そう言えば、北陸新幹線のルートもそうだ。はるか昔に長野を通って北アルプスをぶち抜いて北陸へ、という計画を作った。確かにそれが最短ルートである。それ以来、「長野を通って」と言うのがずっと生きていて、結局 北アルプスをぶち抜くことが出来なかったけど妙高を大回りして北陸まで繋がった。でも、そんな事なら長野を通らずに(ほくほく線と同じく)越後湯沢から分岐するルートにしておけば建設費も安くて所要時間も短く出来たはずなのに、と今でも思う。

放送大学へ行った

土曜・日曜と放送大学の学習センターへ面接授業を受けに行ってきた。

私は放送大学の正規履修生である。入学して早くも7年経っているが、取った単位はほんの少し。卒業要件を満たさなければ10年間在籍出来る。私は生涯学習が目的で放送大学へ入学したから卒業しない方が都合が良い。

放送大学の授業はBSで誰でも見る事が出来るから、入学せずとも勉強出来るし、テキストも大手書店やamazonで買うことも出来る。しかし、入学することで便利な事もある。

まず、大学生の身分だから、美術館に博物館に映画館は全部学割で入る事が出来る。それに、半年毎にシラバスと放送予定の番組表を送ってくれるし、学習センターへ行けば全てのテキストが揃っていて閲覧できるので、どの授業を見るのかを決める手助けになる。また、少なからぬ授業はインターネットで好きな時間に受ける事も出来る。

それに、放送大学の学生にならなければ受けられない授業もあるのだ。それが面接授業(科目当たり1単位で8コマ)である。生身の先生から講義を受ける。その場で質問も出来る。

私は放送授業(科目当たり2単位で16コマ)を受けたのは入学当初のみ(これは必須)。放送授業は取らなくても自分で勝手に見る事が出来るけど、面接授業は取らないと講義は受けられない。だから、私は期毎に何か面白そうな面接授業を取るようにしている。

放送大学の規定では4期連続(=2年間)で何にも授業を受けないと退学になる。その最低は2年間で1単位5,500円(但し、最初は放送授業を最低1科目取る必要があるから11,000円)と入学金が24,000円で10年在籍すれば年間5,665円になる。単に学割が目的と言うのは割に合わないと思う。

学習センターは全国にあって何処の学習センターの面接授業を受けることも可能だから、全国制覇して見るのも面白いとは思うけど、今迄に受けた事のあるのは関西にある2つの学習センターと1つのサテライトだけである。

講義の1コマは1時間25分。8コマを土日2日間で講義することが多いけど、中には8週間かけて毎週1コマづつ講義するような授業もある。曜日も土日とは限らない。

羨ましいのは東京で開講している面接授業の数が関西よりも格段に多いこと。近畿ブロック(滋賀、京都、大阪、兵庫、姫路サテライト、奈良、和歌山)の授業のリストが4ページ程なのに対して、東京(渋谷、文京、足立、多摩)だけでも14ページもあるのだ。それだけ面白そうな授業が多い。

この事に関してだけは関西より東京に住む方がイイなと思う。

梅ジャムと いちじくコンポートを作る

梅酒から引き上げた梅をタッパーに保存してあったけど、いつ迄もタッパーを占有しておくことも出来ない。そのまま食べても良いんだけど、シワシワの梅の実は食べ難い。それで、苺ジャムの瓶が空くのを待って、梅酒の梅を使って梅ジャムを作ってみた。

梅酒に浸かっていた時はシワシワに縮んでいたけど、少し水を入れて煮たら膨れて大きくなった。種を取ったら嵩がかなり減るはずなんだけど。瓶に入るかな。


更に水を加え、砂糖も入れて煮ると 瓶には入りそうに無いほど嵩が増した。


完成。瓶には思ったよりも沢山入った。梅酒を作った時に手を抜いたから、この梅ジャムにはヘタが残ったままだ。梅ジャムを作っている時は、梅酒を作る時に手を抜かないでヘタを取った方が良かったかな と思っていたけど、トーストに梅ジャムを付けて食べて見たら ヘタは全く気にならなかった。残った種は環境保護の為に人的に処理した後に廃棄する。

こっちの写真は いちじくコンポート。何年か前に、妻が いちじくに かぶれるようになってから暫く作って無かったけど、久しぶりに作ってみた。散歩していて街中の八百屋でお買い得の いちじくが売られていたから、つい買ってみたのだった。


いちじくを洗ってから、軸は包丁で切り落とす。切り口から白い液が出るけど、包丁に付いたら素早く洗い流さないとこびり付いて落ち難くなる。

後は 赤ワイン、砂糖、レモン汁、シナモンを加えて煮るだけ。以前、赤ワインが濃すぎるとのクレームが家族からあったので、今回は水も赤ワインと等量入れて作ったけど、ちょっとコクが足りないかな。今度作るなら水ではなく白ワインにしよう。

いちじくは 生で食べるよりコンポートにする方が好きだ(ヨーグルトも添えて)。その方がかぶれ難いと思うし。今回は妻が食べても大丈夫だった。

やさしい経済学 教育の意味と価値

日経新聞の「やさしい経済学」では 教育の意味と価値 というテーマで現在連載中だ。興味深い話だな と思っていたら、折しも、今週の週刊 東洋経済は「教育の経済学」が目玉記事だ(新聞広告による)。これはきっとブログにこのテーマを書くように促す天啓に違いない。尤も、新聞に載っているのは公共政策としての教育だけど、経済誌の方は教育による個人的な金銭的得失らしい。

さて、教育の経済学とは、今迄に多かったのは 子供達の大学卒業迄の費用を如何に捻出するか、金策の話であって、その費用に見合う価値があるのかまで考える事は少なかった。

しかし、たとえ一流大学卒の肩書があっても もはや一生安泰ではなくなったと 誰もが思うようになり、また教育費が 恐らく住宅費に次ぐ大きな出費であり 家計に余裕が無くった昨今、単に大卒の肩書を得る為だけに大学に進学させるのも もう無理だ。だから、大学に進学させるのならその意味と価値を考えることは重要だ。

単に経済的な話なら高卒で公務員になる方が有利かもしれないけど、結局は子供達が総合的に見て より幸せな人生が送れるように親として考えるのが大事だと思う。最適解はその家庭の事情や子供の性格と才能によって異なるだろう。世間的に一番と言われている道のりが自分達の子供に最も相応しい道のりとは限らない。

小さい頃は手作りの教育

では、我が家ではどのようにして来たか。子供達二人とも幼稚園から高校までは公立の学校、大学は地方国立大学である。幼稚園は一年保育だったので、その前に一、二年程 幼児教室に通わせていた。

高校入試の前に半年程、週に1回の入試対策講座を受ける為に塾に行かせたのと、小学校と中学校の間はチャレンジという通信教育を受けさせていた。息子は更に高校になってZ会の通信教育も2年程やった(殆ど役に立たず)けど、それ以外には塾や予備校には頼っていない。

その経験から言うと、小さい頃は親が勉強を見てやったり、親が子供の前で勉強するのが一番良い教育だと思っている。自分の時間が使えないから代わりにお金を掛けるというなら仕方ないかも知れないけど、塾代を稼ぐのにパートに行く位なら、その時間を子供達に直接使う方がずっと良い。

そして、高校生になったら学校を最大限に活用する。高3にもなれば夏休みや冬休みには予備校に劣らぬ補習授業もやってもらえるし、個別の質問にも喜んで答えて貰える。少なくとも、子供達の周囲では塾や予備校に頼らない少数派の方が良い所に進学している。

地方国立大学に進学

高校卒業後は取り敢えずの大学進学だった。自分がどう人生を歩むのかを考えるモラトリアム期間である。二人共、進学時点では專門がはっきりとは決まらないような所に進んだ。

ところで、親元から私立大学に通うのと 地方国立大学に行くのとでは費用はそれ程変わらない。受からなければしょうが無いけど、どちらも選べるとしたら地方国立大学をお薦めしたい。親元を離れて自活するのは自立させる為には非常に良い経験だと思う。

それに、欧米では一流大学でも都会ではない立地が多い。勉学に励むというなら都会よりも寧ろ そういう場所が相応しいだろう。

そう言えば、日本人のノーベル賞受賞者で最近は地方国立大学出身者が増えてきた。何でも東大が一番とは限らない。それに、東大には一芸に秀でた天才は入学し難いのだ。

私の履歴書 国鉄分割民営化の話

日経新聞で今 連載中の「私の履歴書」はJR東海名誉会長の人の話である。私が作った法則によれば、企業人の話は面白く無い…はずだったが、どんどん面白くなって来た。

少し前の話は、こうである。労働組合の横暴に逆らったら (運転士が皆病欠を取るとかの)酷い仕打ちをされるから 幹部は今迄 自分達の保身の為に 弱腰の対応をとっていた。しかし、腐りきった職場の規律を改善しようと 著者は 労働組合と徹底的に戦った。それに手を焼いた労働組合が 著者の栄転運動を進めて 見事 閑職の部門に栄転させた。

所が、閑職であるが故に 著者は一層自由に活動出来るのだった。もう、時代がそれを必要としていた。今日は まだ一介の国鉄職員である著者が政治家を巻き込んで国鉄をぶっ潰す策を弄じる話が書かれていた。

おお、組織を動かすというのはこの様に話を進めるのか。一歩誤れば責任とって辞職の長い道のりである。自分の信念が無ければ到底歩む事は出来ない。しかし、これ程 やり甲斐のある仕事も珍しい。話のクライマックスはもうすぐだ。

話が変わるが、JR東海と言えば リニア新幹線計画が私には気がかりだ。今後人口が減り、人々の所得も減っていく日本。利用が伸び悩み赤字になるだろう。オマケにリニアなど営業運転に耐える程の技術でも在るまい。どれ程コストのかかることか。これを押し通してJR東海が潰れたら大変だ。

JR東海は本当は作りたくなくて政治の圧力でやらされているはず、と私は勝手に思っている。だけど、こんなに賢明な人が名誉会長なのだから、きっと大どんでん返しがあるに違いない。完全に中止するのが一番良いが、工事が進み過ぎていたら通常の新幹線で開業するのが次善の策だろう。

ポットの修理

我が家はアルフィ社のジュエルクロームというポットを使っている。デザインが良いし、使い勝手も良いところが気に入って随分と昔に買った。

しかし、何年か前に落っことして底の一部が凹んだ。その為にその凹んだ側にやや倒れ易くなったけど、そのまま使っていた。


愛着があるから、という訳では無かった。使い続けたのは惰性である。それ迄は宝物のように大事に思っていたのに、傷モンになった途端にどうでもいいと思うようになる。しかし、そう思うのは悪いことではあるまい。形あるもの傷つき壊れるのが定めである。モノは人を幸福にすべき存在であって、モノに執着してそれが壊れたり失われて不幸になるよりは健全な心がけと言えよう。

最近になって、そのポットの中蓋のゴムが劣化して お湯に変な臭いがするようになった。凹んだせいで安定性が悪くなって嫌だったし、保温性能が良くなかったから、今更このポットにお金を掛けて修理したくは無かったけど、ダメだったら処分する積りで凹みを直して見ることにした。


分解して、内側から慎重に叩いて戻す。見かけはボコボコになったけど、底だけは真っ平らになるように頑張った。これで安定性が元通りになった。

そうすると、まだまだ使おうという気が起きる。それで中栓を注文することにした。定価は500円+税、ネットで注文すればこれより高い送料が必要だ。こういう時は百貨店の出番。定価でしか買えない商品なら我が家でも百貨店を利用する。

ネットで調べると、家から自転車で20分の場所にある百貨店で 以前アルフィ社のポットを扱っていたとの情報を発見。電話で問い合わせて見たら、もう販売はしてないけど 中栓は注文出来ることが分かった。2週間かかったけど、無事に手に入れることが出来た。写真の右側が新品で左側が寿命がきた品である。


ところで、修理の時にポットを分解して分かったのだけど、ガラス瓶にヒビが入っていた。しかし、落とした時の前後で保温性能は変化していない。だから保温性能が悪いのはこのポットの設計のせいではなく、買った時からガラスの二重の部分に空気が入っていてまともな保温性能を発揮していないようだった。

今迄、緑茶をいれるなら この保温性能でも十分とか負け惜しみを言ってたけど、これも直してみようかな。

ブログにページを導入した

ブログタイトルの下にバーを追加した。それをクリックしたら別のページにジャンプする。このブログの読者で既に何人も試した方がいらっしゃるようだ。全部が工事中としか書いてなくて申し訳なかった。

今回、こぶり主義のページを更新した。今後、ページを更新したらブログ記事の中でそのように伝えるルールとする。その他のページについてもなるべく早く工事中の状態を解消する積もりだ。

このブログを始めて11ヶ月。記事が増えてきて、ラベルで分類していても内容を一覧するのが大変になって来た。それでページを導入してテーマ別に内容をまとめる事にした。ブログの本文は 日々考えたり経験した事を書く。それを体系的にまとめてページにする。ページは一度書いても 内容を変えて見たり 追加したりする積りだ。

タイ旅行計画

来月、タイに行く。ここ何日か色々調べて日程とフライトとホテルを決め予約した。

最大の目的は娘の留学の様子を見に行くこと。プーケットとかのリゾートも行ってみたかったけど、日程が長いと疲れるのでバンコクだけにした。

それでも、選択肢は山程ある。上はファーストクラスに乗って、最高級のホテルに泊まり、下は最安値のチケットを使って激安ホテルに泊まる。フライトも昼便、深夜便の違い、或いは直行便と経由便の違い。どう考えて何を選択するかは今後のお金の使い方、さらに自分の生き方にも通ずる問題だ。

今迄の自分だったら、一番安い方法で行くのが嬉しかったはずだ。色々と情報を集めて分析し最安値を追求するのは一種の知的ゲームと言える。しかし、方針を変えたのだ。今は、一番心地いい方法で行く。

しかし、一番心地いいとは一番高価な方法という訳でもない。内容に見合わない価格では、私には心地良くない。激安も 疲れたり 不便だったり 卑屈になったりと やはり心地良くない。旅行のやり方を費用で分けると、概ねこのようになると思う。
  1. 激安 最安値フライトで安ホテル
  2. 普通 深夜便や経由便で普通のホテル
  3. 贅沢 直行の昼便で高級ホテル
  4. 極楽 ビジネスクラス直行の昼便で最高級ホテル
(世の中にはこの極楽クラスを上回るファーストクラスで行く旅というものも一応存在するらしい。)

ビジネスクラスだと 座席が広かったり 食事が良かったりと エコノミークラスより確かに快適である。しかし、幾ら食事が良いとは言えエコノミーとの比較である。空の上の調理では限界があるから やはり高級レストランには敵わない。又、座席が広くて嬉しいのは座席にじっと座っているからだ。短距離の飛行ならエコノミークラスでも辛くはない。バンコクまでの飛行時間は約6時間である。短距離とは言えないけど、エコノミークラスでも苦行にはならない距離ではなかろうか。

ビジネスクラスとエコノミークラスの値段差は一人当たり10万円強。飛行時間1時間当たり約1万円の差は 今の私には 払える金額だけど まだ平気に支払えない。だからエコノミークラスにする。

それから、最高級ホテルと高級ホテルの違いは 豪華な設備と内装 洗練されたサービス …らしい。高級ホテルでも快適な設備だし 必要なサービスは受けられる。しかし、宿泊せずとも、お茶するだけでも最高級ホテルへ行って豪華な設備を味わう事は出来るし 洗練されたサービスって慣れないと恐縮して疲れる、と考えると高級ホテルの方が気楽でいい。

それに、バンコクでの最高級とされるホテルはこぞってチャオプラヤー川の川岸に沿って建っている。優雅に寛ぐには最適だが、今回の目的なら娘の大学の近く、都心の駅前の方が便利だ。そうすると、高級ホテルの方が良い。

このように、旅行一つにしても あれこれ考える。今回の旅には贅沢コースが最適と思ってそう決めたけど、優雅に寛ぐ旅をしようと思ったなら極楽コースも良いと思う。

ところで、今迄は直行便が一番疲れない方法だと思っていたけど、台北経由便なら飛行時間は3時間が2回になって 直行便よりも疲れないかもしれないと ブログを書いていて思った。

我が家の携帯事情

我が家の携帯料金が上がってきている。長らく、月に4千円程で家族4人分を賄ってきたけど、最近は月8千円台なのである。

我が家の携帯の歴史

我が家の携帯歴はそれ程長くない。なるべく、そのような機器は持ち歩きたくないと思ってたし、料金も高かったから。

しかし、携帯電話を持つことが当たり前の世の中では、そうも言えなくなって来た。妻が必要性から最初に持つことになり、その時はAUの携帯だった。私も、緊急時の連絡手段という意味で持たされた。但し、携帯電話ではなくPHSで 登録してある3箇所にしか掛けられないという まるで糸電話のような代物だけど 月千円の格安プランにした。

それから、暫くして携帯各社の割引プランも充実してきて 糸電話と変わらない月額で普通の携帯電話を持てる時代が来た。携帯各社 ほぼ同じプランがあるが、ドコモが一番エリアが広いし バックボーンの容量も大きくて通信の安定性も期待出来そうだった。

そこで、夫婦でドコモの携帯を持つことにした。家族割と家族内通話が無料という特典があり、タイプSSバリュー という一番安いプランで月千円の無料通話分が付く。しかし、メールも要るから iモード月額使用料と 青天井のデータ通信料が怖いのでパケホーダイと 加えて携帯補償サービスにも入ったから 結局は一人約2千円になった。

それからまた暫くして、今度はタイプシンプルバリューというプランが出来た。これは無料通話分が付かない代わりに月額が安く、しかもメールし放題という特典がある。今迄も家族間のメールは無料だったが、このプランでは 誰にでも そして誰からでも のメールは 例え巨大な添付ファイルが付いていても無料なのである。それに加えてパケホーダイシンプルというプランが適用されて、有料のデータ通信が無ければ パケホーダイの最低月額料金が掛からないけどデータ通信料は上限額までしか掛からない。

他人に携帯から電話を掛けることも殆どなかったし、無料通話分は家族で分け合えるから 私だけその新しいプランに変更した。その時、学割プランというものも新たにできていて、私は放送大学の学生なので学割の値段にして貰えた。これで私の月額料金は(iモード月額料金と携帯補償サービスも加えて)約千円になった。

それからまた暫くして娘が高校生になった。電車通学するので緊急連絡用に携帯電話を持たせた。タイプシンプルバリューの学割で、私と同じ月額。JRは人身事故等でしょっちゅう止まったから随分と役立った。

息子は大学に入るまで携帯電話は持たなかった。しかし、地方の大学に進学することになり、家族間の連絡手段として携帯電話を持たせた。この頃、学割はとうとう月額基本料が0円となるまでに至った。これで家族4人全部合わせても月額4千円台に納まった。

子供達には携帯の月額料金は家族間の連絡網としてその維持費を私が持つけど、電話代とデータ通信料金の従量料金は仕送りから天引きすると言い渡してある。実際は電話は必要があって掛けるのが大半だから徴収してないけど、データ通信料は天引きして無駄に使わないように戒めてきた。ネットに繋ぐ必要があるならパソコンを使うようにと。

子供達のLINE事情

そういう訳で、現在も家族4人とも未だにガラケーを使っている。私の携帯は一度壊れて 携帯補償サービスを利用して 中古品(但し、最新機種でボディと電池は新品の部品になってる)に変更されているけど。

しかし、世の中は急速にスマホ化された。その理由は何と言ってもLINEの普及だ。今やLINE無しでは学生は仲間付き合い出来ない。娘が高校に入った頃はまだスマホは少数派だったが、高校を卒業する頃にはガラケーの方が少数派になっていた。

そこで娘は大学に進学する際にSIMフリーのスマホも持つことにした。ガラケーとの2台持ちである。格安SIMの月額千円は仕送りから天引き、スマホ代も2年ローンで仕送りから天引き。そして、パソコンはスマホからテザリングでインターネットへ接続と。

一方、息子もLINEが必要になったが携帯電話でLINEをしていた。それで、大学入学当初のようにデータ通信料金の上限額まで達することは無いけど 毎月それなりの料金は掛かる。

3年生になってから寮(月1,500円でインターネットに接続出来た)を出てアパート暮らしを始めて部屋にADSLを引いたけど、あれこれ調べずに引越し屋に言われるまま頼んだのが随分と高いプランで月に6千円もしていた。

それで、息子から相談されたので 娘のやり方を推薦したけど、既にネット廃人に変わり果てた息子はデータ量の制限がムリらしく、結局インターネットはWiMAX、そしてスマホの代わりにSIMフリーのタブレットを買った と後で聞いた。現在ではスマホのSIMも解約してWiMAXの本体をタブレットと共に持ち歩くようにしているらしい。固定電話を引かないネット廃人としては一番妥当な選択と言えよう。

このように我が家では 息子も娘もネット接続料やIT機器(パソコンも含めて)の購入代金は本人が支払うようにしている。これも 二人共 大学生になってから本格的に情報機器を扱うようになったから出来る事で、今ならもっと早くからスマホ等を持たせざるを得ないかと思うと、これからの子育ては大変だなと思う。

携帯月額を引き下げる

所で、長らく4千円台だった我が家の携帯料金が近頃上がってきたのは何故か。息子が大学に入った当初は無駄にデータ通信して上限額にしばしば達していたので値上がったが、指導の結果また4千円台に戻り、その後 携帯LINEを始めてから少々上がったものの息子がタブレットを使い出してデータ通信料はほぼ無くなった。

しかし、学割プランが時効になって通常の料金になって来たからまた上がってきたのだ。そうすると、妻が約2千円、後の3人が約1,500円で合計6,500円程のはず。所がそれより高い。原因の一つがネット廃人が契約したdTVの月額500円。もちろんこれは仕送りから天引きすることに。

しかし、先月の請求は8,500円程。千円以上高い。どうせ息子が無駄にデータ通信したせいだろう、と思いながら調べてみたら、妻のデータ通信料だった。あれっ、先月データ通信何かした? って聞いてみたら何もしてないとの返事。だけど、思い当たる事が一つ。妻の友人から写真付きのメールがあったのだ。

ああ、きっとそれに違いない。写真一枚で千円。家族間のメールなら写真付きでも無料だけど、妻のプランなら他人とのメールの送受にデータ通信料が掛かるのだった。スマホを使っていれば、データ通信料はどうせ上限に貼り付いているからそんなこと気にもしないけど、我が家はデータ通信料ゼロが原則。

そこで、妻のプランも今月からタイプシンプルバリューに変更した。これでもうデータ通信料がかかることは無いはず。電話を掛けなきゃ 4人分で月額6千円とネット廃人用dTVの500円。

データ通信しない工夫

勿論、Webの閲覧等は携帯を使わずパソコンなりタブレットにする。親世帯でも家の中ではADSLで、外ではモバイルルーターでインターネットに接続出来るのだ。

しかし、携帯メールを使った認証の仕組みで メールを開くとそこにネットのアドレスが書かれていることが時々ある。それをクリックすると データ通信することになる。それで何円か程度なら気にしないんだけど、何百円にもなるのだったら嫌だから、自分のGmailアドレスに転送する。メールし放題プランだから その時データ通信料は掛からない。それをパソコンから開けば携帯の(有料)データ通信の出番は無い。

しかし、考えてみれば 今使っているドコモのプランは随分と太っ腹なプランである。添付ファイルがどんなに大きくてもメールは無料。家族間通話が無料なのも。その無料通話分は 月に何万円にも相当する金額だった(娘の長電話)…今は留学中で使ってないけど。ドコモよ有難う。

手抜きの梅酒作りで思うこと

以前の会社の業務の投稿で、市役所に提出するのは 源泉徴収票ではなくて 給与支払報告書という名前だったので訂正しておいた。その内容は同じだけど。

それから、税務署に出す源泉徴収票は 給与が150万円以下の役員なら提出しなくても良いことになってるから 我が社の場合は提出の義務はない。しかし、同時に提出せねばならない法定調書というものをeTAXで出そうとする時、やはり源泉徴収票も書かないと提出出来ないしくみらしいので、結局今迄ずっと提出している。

さて、引っ越してから梅酒を作って、今日、梅の実を取り出してみた。

梅酒作りのレシピをネットで検索すると山程出てくるけど、それを見て自分はどう作るのか決めるのは 正に情報リテラシーだと思う。

瓶は水洗いのみ。熱湯で消毒する必要性はないと判断。アルコール度数の高いお酒に漬けるから腐敗しないはず。もし、必要というなら梅の実も熱湯を浴びせる必要があると思う。焼酎で消毒しましょう、と書いてあるレシピもあるけど、それって意味あんの? すぐに大量の焼酎を入れるのに。

梅の実は水洗いのみ。1時間水につけてアクを抜くという必要性はないと判断。アク抜きしないレシピもあるし、実の形のままで水に漬けるだけなら殆ど効果がないはず。

梅の実のヘタは取らない。改めて 今日 ネットで検索したけど、ヘタは取らなくても味は変わりません、との書き込み多数だった。硬い梅だとヘタは取りづらいし。

梅の実の水分は拭わない。拭った水分と入れる焼酎の量を比較すれば、全く無意味な作業だと分かるはず。

梅の実1kgに氷砂糖1kgに梅酒用ブランデー1.8リットル。砂糖の量はレシピの上限だけど面倒くさいので全部使った。

夏も過ぎて様子を見たら、氷砂糖が全部溶けていた。瓶を振ってよく混ぜた。

また様子を見たら梅の実の半分はもうシワシワになって瓶の底に溜まっている。念の為にまた瓶を振ってよく混ぜた。

先日、散歩中に立ち寄った酒造直営店で蔵出し生原酒を売っていた。瓶が梅酒を入れるのに良さそうだったから購入。昨日 飲み終える。それで、今日 梅の実取り出しと瓶詰めを実行。梅の実は全部がタッパーに、梅酒は一部のみを瓶詰め。


梅の実を引き上げるのは半年から1年位のレシピが多いけど、もうすっかりシワシワになっているから、この先長く漬けていても そんなに変わらないと思う。砂糖が多かったから短くて大丈夫なのかも。

しかし、人のレシピを参考にしていて批判するのも何だが、ネットで公開しているレシピの殆どは自分で試行錯誤して決めた手順ではあるまい。確かにその通りやって上手くいくのは確かめた、とは思うけど。

その手順を省いたらダメだったと確認した上で 消毒しろとか 水分は拭えとか 言ってる筈がない。殆どは誰かの書いたレシピの引き写しだろう。やっぱり人の言うことは鵜呑みにせず何事も自分で考えて決めるのが大切だと思った。

梅の実の関連の話題でもう一つ。写真は 塩抜きした白干し梅を干している様子。


引っ越してから 近所に良い白干し梅を売っている店が無くて ネットで注文したけど、届いた品は 表面に塩が吹いていて随分と塩分が濃い。そのまま紫蘇漬けしてみたら塩がジャリジャリと食感が良くないし塩辛すぎた。

そこで塩抜きしてから紫蘇漬けしてみた。今度は丁度いい塩梅(アッ、言葉そのもの? 今調べたら、塩と梅酢で味付けすることから転じた言葉らしい)。塩分が低くなって長期保存出来ないかも知れないから、少量づつ これからもやって行こうと思ってる。これは引き写しでなく、私の経験。

企業版マイナンバーについて

先日投稿した 自家用法人の年間業務 の中で法人市民税と法人県民税の支払いを忘れていたので追加しておいた。国税の方は赤字なら法人税は かからないのだが、地方税のほうは 赤字法人でも均等割額というものは支払う義務がある。そして、今年度分は年度途中で異なる市への移転したので、法人市民税申告書は両方の市へ提出し、法人市民税も月割で二つの市に支払うことになる。

さて、今朝の日経新聞に企業版マイナンバーに関する記事が載っていた。来年1月からマイナンバー制度が始まるが、個人だけでなく法人も対象になっているのだ。

元々、会社には商業登記法に基づく会社法人等番号(12桁)という番号が割り振られていて、その番号の前に1桁の番号が加えられた13桁の番号が通知される。但し、個人マイナンバーとは違って カードは配らないらしい。

将来は法人ポータルサイトというものを計画しているそうで、移転の際に手続きが楽になるかもしれない。それは有難いことではあるが、問題はこの番号と 会社の名称と 会社の所在地 の3つのセットがインターネットで公開されることにある。

勿論、これまでも登記情報は公開されていて、閲覧が可能だった。商工リサーチという会社がこの情報をデータベース化して売っている。自宅を会社の登記に使っている我が社のような場合は 個人の住所まで知られてしまうことになるのだ。だから用心して このブログでは我が社の会社名は明かさないことにしている。

しかし、インターネットでただでこの情報が手に入るとなると 今後ダイレクトメールなどが増えそうだ。

ところで、自家用法人の運営において 個人マイナンバーの方も源泉徴収と社会保険の関係で必要になるらしいけど、eTAX等で使う電子証明書にも関係する。

法人の電子証明書は高い(最初の3ヶ月で2500円+3ヶ月毎1800円)ので、使うとすれば3ヶ月の電子証明書を毎年申告時期だけ取得して使うことになるけど、実は、法人の申告に使う電子証明書は法人の電子証明書以外にも法人代表者の個人の電子証明書も使える。

だから、今迄は住基カードをお金を出して取得し、それに電子証明書をお金を出して(3年間で500円)入れてもらい使っていた。その住基カードの有効期限(10年間)が迫っていたし、住所が変わったから来年初めの源泉徴収票の送信時までには 電子証明書も取り直す必要があった。しかし、個人の電子証明書がマイナンバーカードに(タダで)入るらしいのだ。

引っ越してから、既にeTAXで所得税徴収高計算書を送信したけど、これには電子証明書は不要だった。そして今後、電子証明書が最初に要るのは源泉徴収票の送信時になる。

これは1月中が期限だから、来年1月からマイナンバーカードが貰えるなら間に合いそうだ。申請には6ヶ月以内に撮影した証明用の写真が要るけど、これもパスポートの申請に使った写真が使えるし、良かった。

英語の発音 弱母音

アクセントのない音節での母音の発音は弱母音と呼ばれる。アクセントのある母音の発音の記載に辞書間の差異は少ないのだが、弱母音の発音は辞書によって異なることも多く、そのどれをカタカナでの表現に使うべきか悩む。

しかし、そんなに異なる理由は 発音が曖昧だからである。だから 逆に言えば、適当に発音して誤魔化しても大丈夫なのだ。自信なく、弱々しく、子音を発音する手助けとしてしょうが無く発音すればいい。

だから、細かなことを忘れて3種類だけ在ることにしよう。これらは、
  1. ア [ə]
  2. イ [i]
  3. ユ [ju]、[u]
である。米式では、その他に アー [ɚ] という発音もあるけど、このカタカナではアクセントのある母音の発音 アー [ɑː] と区别がつかなくなる。

しかし、内閣訓令として出された「外来語の表記」というガイドラインで、
英語の語末の -er、-or、-ar などに当たるものは、原則としてア列の長音とし長音符号「ー」を用いて書き表す。ただし、慣用に応じて「ー」を省くことができる。
となっているから、一般的には長音符号ありで表記されている。これは米式の発音に当たる。一方、アクセントのある o の閉音節は 一般的には米式の「ア」ではなく英式の「オ」で書かれる。これでは、英語の発音で日本では米式と英式が混ざっていると言えよう。

私はどっちかに統一しろとは言わない。カタカナで書く時、日本語話者に発音し易く 記憶し易いように どっちかを選んで日本式の英語を作ればいい。

とは言え、この場合は英式の方が日本人には有利であると言える。電気・電子・通信・機械の業界でも 長音符号が冗長で 表記が間延びするとして 長音符号を省く 英式を慣例として使っているのだ。例えば、「フィルター」ではなく「フィルタ」とする。

さて、アー [ɚ] という発音を無くしてア [ə] という発音に統一しても、その表記はアクセントのある u の閉音節の発音の表記と被る。そして、「イ」も同じくアクセントのある i の閉音節の発音の表記と被る。但し、「ユ」については、アクセントのある u の開音節の発音の表記である「ユー」とは長音符号の有無で区别できる。

この「ア」と「イ」(それにその他の短母音)のアクセントの有無を表現する手段として、アクセントのある場合には促音記号「ッ」を入れる方法がある。例えば、cut は「カット」と書く。その方法を 英語の発音に促音なし と言って糾弾する人もいるけど、私は優れた方法であると思う。「カト」よりは原音に近く感じる。

その理由は、アクセントのある音節は単に音の大きさの違いだけでなく、音は高く、また長く発音される事にある。促音記号は日本語の音節の時間の単位モーラが通常の2倍である事を示す記号だから、英語の発音を聞いた時に日本語話者が促音の存在を感じるのも自然なのだ。

しかし、全ての場合に促音記号を入れる事は出来ない。後に来る子音が「ナ」行や「マ」行や「ラ」行の場合は日本語の発音として成立しないから。例えば pin は「ピン」、sum は「サム」、kill は「キル」にしかならない。

しかし、その場合も多くは問題にならないし、奥の手として日本語の高低アクセントによって英語発音のアクセント位置を口述し、記憶すれば良い。日本語の記法ではアクセント位置の記述は出来ないけど、アクセントのある母音字を例えばボールド体で書くような方法はある。

子音との区别

英語の発音では子音の連続が存在する。その為、「ウ」の段のカナは子音を表すことに決めた。そして、そのカナにアクセントが無いと分かれば、そのカナ文字は英語の子音のみを表していることが保証される。何故なら、弱母音の読みに「ウ」の段を使わなかったから。「ト」、「ド」も子音を表すと決めたけど、弱母音の読みに「オ」の段を使わなかったから、やはり同様に保証される。

それで、問題は「イ」の段で子音を表すことに決めた「シ」、「ジ」、「チ」、「ヂ」の事である。それが語末であれば子音を表し、もし弱母音の「イ」を伴うなら「ィ」の文字を加える事に決めた話は以前書いた。では、語中の扱いはどうなるのか?

実は英語の発音として、語中では「シ」、「ジ」、「チ」、「ヂ」は子音のみになる事は無いのだ。だから、その表記は必ずアクセントのある母音「イ」か弱母音「イ」を伴っている事を表している。名詞の複数形の作り方の規則でも、通常は単に s [s](又は[z])を加えるだけなのに対して 語末の子音が シ[ʃ]、ジ[ʒ]、チ[tʃ]、ヂ[dʒ] の場合(それに「ス」、「ズ」もそうだが)には es [iz]を加えるというのは この原則があるからだ。

これで、カナで英語の発音を表して、子音の連続も含めて正しい発音を表記することが出来た。

綴りと弱母音の読みの関係

弱母音の読みについて、従来のカナ表記では単母音字の a i u e o に対して単純に 「ア」、「イ」、「ウ」、「エ」、「オ」を割り当る場合が(例外も多数あり)多かった。

確かに、正確には単語ごとに異なる音が ア [ə]という一つの表記に纏められているだけだから、それも間違いとは言えない。しかし、そのやり方ではアクセントのある母音の表記と被るし、子音だけの表記とも区别がつかない。だからこぶり式のカナ表現では 辞書に載っている通りの3種類に限ることで 従来の表記の問題点を解消した。

ただ、そうすると綴りと読みの関係がどうなっているのか気になる。私は、「その音節にアクセントがあったとすれば」の発音との関係性はあると感じる。つまり、その音節が開音節なのか閉音節なのかにも関係していると思う。又、アクセントの無い接頭辞や接尾辞には ほぼ決まった読み方があるので、これも綴りから発音を連想する助けになる。

しかし、実際の所、辞書によっても発音の記載が異なっている程で、弱母音の読みにはアクセントのある音節の母音の読み程には単純な規則はなさそうだ。だからこそ、単語一つ一つの読み方を覚える必要性があるのだが。

今後、良い規則を思いついたら、また投稿したい。

自家用法人 これで年間の業務 一巡

先週の金曜日は給料日だった。息子への仕送りもした。それから、日本年金機構から8月下旬に厚生年金保険料の値上げ通知(9月分より)が来ていたので、給与の振込額を計算した。天引き額は11,932円から12,106円に増加。これにより、10月の給与から42,094円を振り込むことになる。

そして、書くのを忘れていたが、先月に我が社の法人口座へ運転資金を私の口座から振り込んだのだった。

思えば、このブログの第二回目の投稿が去年10月の給料日だった。今回の投稿で、取り敢えず1年間の会社業務を全てブログで報告した事になる。このブロブの目的の一つが、自家用法人の宣伝で、適法に会社が存在するために最低限やらなければならない業務の量を報告するために、この間にこなした会社の業務を全てブログに書いたのだった。

引っ越しをしたので 法人移転手続きも加わったが、取り敢えず今回の報告で 1年間の全業務を報告した事になる。

まとめれば、事業を全く営まない我が自家用法人でも年間でこれだけの業務(事務作業)を行った(移転関連を除く)。毎月、社会保険料も支払っているけど、法人口座からの引き落としなので事務作業は発生しないから ここには書かない。
  • 毎月給料日 給与振込
  • 年1回 法人口座残高が減った時 運転資金を私に振込ませる(役員借入金)
  • 年2回 1月初めと7月初め 所得税源泉徴収簿を記入
  • 年2回 1月初めと7月初め 所得税徴収高計算書をeTAXで税務署に送信
  • 年1回 1月中 償却資産報告書を市役所に提出
  • 年1回 1月中 給与支払報告書を市役所に提出
  • 年1回 1月中 源泉徴収票と法定調書をeTAXで税務署に送信
  • 年1回 1月給料日迄に 給与所得者の扶養控除等申告書を私に書かせて保管
  • 年1回 7月初め 報酬月額算定基礎届を社会保険事務所に提出
  • 年1回 2月中 決算 決算書類の作成と保管
  • 年1回 2月中 法人税確定申告書をeTAXで税務署に送信
  • 年1回 2月中 法人県民税確定申告書をeLTAXで県税事務所に送信
  • 年1回 2月中 法人市民税確定申告書を市役所に提出
  • 年1回 2月中 法人市民税と法人県民税を銀行窓口で支払い
2月が期限の業務は我が法人の決算期が12月31日になっているからで、これは会社によって異なる。この時期は個人の確定申告の時期にも重なるので決算書を出さねば、という気分が高まって都合が良いと思っている。それに、決算年度と暦年が一致しているから、前年の仕訳帳ファイルの年度を文字列置き換えで一括で変換して次年度の仕訳帳の元データを作れるから便利である。

社会保険事務所への提出だが数年に1回は聞き取り調査というものがある。その年には単に提出でなく、所得税源泉徴収簿を持っていって説明する。出勤簿というものも出すように言われるけど、役員しかいないので作ってないといつも答えている。

役員への賞与は会社の損金にならないので賞与無しが一般的だけど、もし賞与を出せば社会保険事務所に届が必要。

もし従業員を雇えば、この他に雇用保険と労災保険にも加入しなければならないし、年1回の健康診断も義務になるらしい。

兎に角、業務の簡素化を極めるためには、何でも無くす事である。
  • 従業員を無くす
  • 賞与を無くす
  • 源泉所得税を無くす
  • 償却資産を無くす
  • 法人口座の利子を無くす
  • 現金を無くす(全て銀行口座経由)
最後の「現金を無くす」というのは全ての取引が預金通帳に記録されることに繋がる。そうであれば、経理作業を1年分纏めてやっても完全に正しい決算が可能になる。

源泉所得税を無くすとは、即ち報酬額を抑えること。社会保険料も少なくて済むし。何か事業を始めて会社が儲かってしょうが無くなったら別だけど、会社が赤字なら報酬は減らすに限る。

そして会社の経費として認められる出費も全部自腹で。記帳と領収書保管の手間が減る。会計帳簿と決算書は10年間の保管の義務があるからなるべく少なくなるようにしている。その1年分を最近はA3のプリント用紙で2枚に納めている。

法人口座の利子を無くすとは、口座の種別を決済用貯金に変更してもらうことである。法人税の申告の際に還付金の扱いが無くなるので記載がものすごく楽になる。

1年分の自家用法人の運営についての投稿をしたので、後は同じことの繰り返しになってしまうから、やった事の全てを報告するのは今回で終わりにする。ただ、決算と申告については詳しく報告していないので、またその時期になったらそのネタで投稿しようと思っている。

Windows 10 になった

Windows 10 へのアップグレードの予約と言うものをやっていたら、昨日出来るようになりました、との通知が来たので早速やってみた。時間が掛かるので寝て、夜中に起きたら、とある画面で止まっていたけど適当に次にのボタンを押してゆく。

最後に、簡単設定というものを選択すれば、色んな操作が全部マイクロソフトへ通知される という説明があったので、簡単設定は選ばず、詳細設定という とても小さな字で表示された所をクリックして通知は全部オフの設定にしてアップグレードを終了した。

Windows 10 が立ち上がると、キーボードが日本語の設定になっている。そこで、以前の自分のブログ 英語キーボード用の設定 を見てデバイスドライバを変更しようとしたら、既に標準PS/2キーボードになっている。

しょうが無いから、registry editorを使う手段で変更することに。それにキーの割当の変更も。そして再起動。すると、今迄と同じ様に使えた。

しかし、その後registry editorを使わないくても英語キーボードドライバに設定出来そうな方法を発見した。画面右下の時刻表示の左隣に J のアイコンが出ている所をクリックすると、次の3つの選択になる。[Microsoft IME] [Google日本語入力] [言語設定]

そこで、言語設定を選ぶと 時刻と言語 の設定画面になる。その中で 日本語Windowsの表示言語 という部分をクリックすると[オプション]というボタンが出てくるから、それをクリックする。そうすると、現在のキーボードレイアウトが 日本語キーボード と表示されているはずである。そこで、[レイアウトを変更する]をクリックして英語キーボードに変更し、サインアウトする。

しかし、私はregistryを元に戻してまで この方法が有効なのか試してないので、registry editorを使う手段もここに書いておく。以下のテキストをメモ帳アプリに取り込んで、拡張子を".reg"として保存後、そのファイルを実行すれば良い。

Windows Registry Editor Version 5.00
[HKEY_LOCAL_MACHINE\SYSTEM\CurrentControlSet\Control\Keyboard Layouts\00000411]
"Layout Text"="Japanese"
"Layout Display Name"="@%SystemRoot%\\system32\\input.dll,-5061"
"Layout File"="KBDUS.DLL"

ついでに言うと、同じ設定画面の中で、キーボードという設定に Microsoft IME と Google日本語入力 が表示されるが、Microsoft IME をクリックして現れた[削除]のボタンをクリックすると画面右下にあった J のアイコンが消えて、入力方法はGoogle日本語入力に固定されるから、表示がすっきりする。

また、何か不具合を見つけたらブログで報告する。

ついでの 煮りんご作り

シルバーウィークと言う連休が始まった。普段、平日に行動していると、休日は何処も混んでいて出掛ける気が起きない。退職した頃は、平日に出掛けて何処もすいていて自由になれたんだなあと感慨に耽ったものだったが、それが当たり前になってしまった。しかし、出掛けないからといって退屈する事はない。何か創造的な活動をやればあっという間に時間が過ぎてゆく。

所で、後片付けは私の担当である。以前は欲しいものリストの中に食器洗い機があったが、持たない暮らしを目指すようになってから、これはリストから外れた。二人暮らしになって食器の量が減ったし、残った料理の始末やシンクなどの掃除など食器洗い以外にかかる時間の割合も高いのだ。

とは言え、後片付けの時間は短くはない。その時間、全能力を使ってやる作業でもない。普段はあれこれ考え事などしながらやっているが、その時間で今日は煮りんごを作った。(更にその後でヨーグルトも作ったけど。)

りんご2個を切って、砂糖、レモン汁、赤ワインと白ワインを入れ火にかける。後は煮えるまで時々様子を見る。全く別の事をやったら火にかけた事を忘れる危険性があるから、ガスレンジの横に立って後片付けをやる「ついでの」煮りんご作りが良いのだ。


赤ワインだけだと癖が強すぎ、白ワインだけだと物足りないので、最近は両方入れてる。りんごに硬い部分がなくなったら、まだ白い部分が残っていても火を止める(鍋の写真)。容器に移して冷ませば全体が綺麗にワインレッドになる。

おっと、今回はシナモンを入れるのを忘れた。

あくまで言論で戦うべし

安全保障関連法案の審議で 野党はそれを言論では阻止出来なかったのだから、採決では 淡々と反対票を入れる以上の事をやってはならない。議長席の前で揉み合うのは野党議員の脳みそがヤバイ事を示すだけである。

私はここで一番問題になっている集団的自衛権と言うものが 明確に憲法違反であって、しかも日本の安全を寧ろ脅かすものだと確信しているから この法案には反対である。しかし、国民が与党に安定多数以上の議席を与えた以上、もう可決されることは防ぎようがないのである。

野党はアホなパフォーマンスは止めて、次期総選挙まで怨念のように不当な法案であることを言い続け、選挙に勝ってから廃案に持ち込むしか在るまい。

では、この法案を政府は何故に無理やり通そうとするのか。私の見解はこうである。米国も流石に昨今は国力が衰えて唯一の超大国とは言えなくなって、軍事費も重荷になって来た。そこで忠実な子分の日本の自衛隊に目を付けた。米軍の手先として使ってやろう、と。そこで、忠誠の証を見せてみろ、と日本政府に迫った。

そして、この法案が通ったのだから、近い将来、世界各地で紛争が起きた時、米国は自衛隊にお前ちょっと行って殴って来いと命令するに決まっている。そんな米国の手先、日本は勿論テロの目標にされるのである。

国民は政府の言い分を鵜呑みにしないで、この法案の意味をよく考えよう。

政府の嘘をもう一つ。日本は原発がないとやっていけない、というのは真っ赤な嘘だった。あの原発事故の後、原発なしでもやっていけたのだ。コストで有利というのも嘘。将来の放射性廃棄物の処理費用や様々な補助金も含めて考えるととうていペイしない。それに、全エネルギーから言えば震災直前の2010年度でも原子力の割合は11.3%だった(資源エネルギー庁の資料より)と言う。これぐらいは少し節約すれば何とかなるはずだ。

では、何故そんなに原子力にこだわるのか。それは、エネルギーの利用は副産物で本当の目的はプルトニウム製造にあるのだ、と考えるのが妥当であろう。いつでも核爆弾を作れるようにしておきたい訳だ。口が裂けても絶対に本当の目的は言わないだろうけど。

梅田スカイビル 空中庭園に行ってみる

昨日の包丁研ぎの話で、最近の研ぐ頻度が減った事について、芋とかぼちゃを切る機会が減ったからね、と妻から明快な理由が示された。いもかぼ愛好家が大学に進学してからの現象らしい。芋とかぼちゃを切る前に電子レンジで加熱して柔らかくすると切り易くなるけど、それでも包丁には負担が掛かっていたようだ。

さて、今日は梅田に夫婦で出掛けてみた。イギリスの出版社が選んだ 世界の建築物 TOP20 に選ばれた梅田スカイビルに行ってみるのである。この、世界でも珍しい建物を目指して遥々と世界中からお客が来ているのだから、身近に住む我々も行くべきだろう。

以前なら、入場料を惜しんだかも知れないが、ケチケチ病を克服しつつある私は惜しげもなくお金と、そしてコープこうべの会員証を差し出す。事前にネットで調べてみたら、それで1割引になるらしいから。

空中庭園からの眺めは良かった。地上を走る電車がまるで鉄道模型そっくりで面白い。「はるか」や「くろしお」が新大阪から大阪駅を迂回して環状線に行く様子や阪急電車が並んで淀川を渡る様子が良く見える。目前を飛ぶ旅客機が大阪空港に着陸するまでの一部始終も見えた。

目の前のタワーマンションは僅かに低いだけ。そこに住む住人達は家から出入りする度に耳ツンを味わうのか。鼻が詰まっていたら大変だな、などと妻とお喋りする。

ビデオコーナーでは、この空中庭園の建設でのクライマックス、庭園吊り上げの映像を繰り返し写していた。先日、東京の妻の実家でNHKで見たのと同じ。ここに来ようと思ったのもそれを見たからだけど。

眺望を十分味わって地上に戻った。しかし、このビルにはもう一つ名物がある。地下1階にある滝見小路、昭和の町並みの飲食店街である。なかなかいい感じだけど、空中庭園に来る前に食事を済ませて来ていた。今度はココで食事しようと思った。

帰りにグランフロント大阪の紀伊国屋に寄る。しかし、ここの名前は気になる。英語ならグランド・フロント、仏語ならグラン・フロン、と読むべきではないのか、とか冠詞はいらないのか、とか。スタバでお茶した後、妻とはここで解散である。一人だとゆっくり本を見て歩ける。

持たない暮らしの本

最近、持たない暮らしとか良い物を少しだけとか、このブログの主題そのものの本が多数出ている。ブログを書き出すまでは、それらの本の存在に気が付かなかったのだけど。今の自由な身分はその精神の実践と資産運用で得られたから色々書きたいけど、既存の本と被る内容はなるべく書かないようにしようと思う。

資産運用の本

資産運用も本が沢山出ているけど、真っ当なのがどれかを見分けるのは難しい。チャートがどうの、とか書いてあれば駄本だとすぐに分かるけど。だから、自分の信条を書くことにも意味がある、と思ってる。少なくとも十数年間は投資の種を減らさないで生活して子供を育ててやって来た実績があるのだから。その間、投資に直接使った時間はホンの僅かしかない。自由時間を最大限に作る。これが投資の極意ではなかろうか。

お金の使い道の本

しかし、儲け話の本は山程あるのに、儲けたお金を如何に使うか、という本が全く見当たらないのにも困ったものだ。庶民は儲けたお金の使い方をテレビ・コマーシャルで知る。ヘリコプターを買って見せびらかし、リゾートのプールで浮き輪に乗ってぷかぷかし、料亭の前で知り合いの庶民を追い返して自分だけ入って行く。これらは全部宝くじ(ロトだったかも?)の宣伝である。何でも今度は前後賞も含めて賞金10億円だとか。

賞金は無闇に増やさない方が良いと思うけどな。庶民にとっての最大の買い物は自分の自由時間。だから、生涯賃金が貰えれば十分じゃあないか。テレビの宣伝でやってるような、お金さえ出せば出来る事をやっても虚しいだけだろ。

英語の本

ブログで英語の事を沢山書いているので英語の本にも関心が向く。それで、最近書いている内容がほぼ被っている本を見つけた。

「英語の文字・綴り・発音のしくみ」 大名 力著 研究社 2014年10月

凄く内容が濃い本で立ち読みでは済まさないで購入してきた。ブログの内容とどれだけ被っているのか検証する必要もあるし。

私はこれまで、人と同じ内容の事は書かないように務めてきたけど、最近書いた v の後には必ず母音字が来る話とか、語末に e が来るとその前の母音字が開音節の発音になる理由とか、今迄誰も書いたことがなかったトピックだと信じていた。

しかし、それらがソックリ書かれていたのである。しかも、このブログで発表する以前に発売されていた。まあ、同じ事を考える人がいるのは、自分の考えが間違ってなかったという嬉しさもあるんだけど。

母音を6種類に分類するとか、h は何故「エイチ」という名前なのかとか、英語の発音を全部カナで表現する試みとか、このブログの独自な部分は残っているけど、これから書こうとしていた内容まで私の知識以上に詳しく書いてあった。ほんとに良い本だ。私もこれを読んで、もう少し勉強してから続きを書くことにしよう。

包丁研ぎ

今日は包丁を研いだ。妻が包丁が切れ難くなって来た、と不満を漏らし始める時が研ぎ時である。ウチには包丁が2本あるけど、その両方共に切れなくなってから重い腰を上げる。

以前は月に一度は研いでいたけど、こっちに越してから今度でまだ二度目だ。外食が増えたのか、或いは食べる人が減ったのか。やってみれば大した手間ではないので、もっとマメに研いで何時も切れ味を良くすればよいのだが。しかし、研いだ後で切れ味が良くなった、その差を感じなければやり甲斐もないと思う。

それに、大義そうにやってれば、妻はご苦労様です、という態度を見せる。そういうのは他に車を運転してる時とパソコンでトラブって困っているときに手助けしてやる時ぐらいだ。始終研いでいれば、そんなご利益はなくなるであろう。普段は子供扱いである。

所で、まともな料理を作る文化を継承していく、というのは子育ての重要な要素だけど、その技術の一つに包丁を研いで切れ味を保つ、という事があると思う。私は父が包丁を研いでいるのを間近で見てはいたけど、実際に包丁を研いだのは結婚してからだ。

我が家でも私が包丁を研いでいる姿は子供達も目にしているけど、何ら関心を示さなかった。果たして、包丁研ぎの文化は子供達に伝承していくのだろうか。

私のやり方を説明しておく。砥石は人造石でこれ一つで仕上げまでOKの目の細かなもの。使う前に水に浸してピチピチという音が余りしなくなったら作業開始。濡らした新聞紙の上に砥石を置くと滑らない。砥石と包丁の角度をとにかく一定に保つのが唯一のコツである。


それから、砥石の全面を使って研ぐこと。私が使っている砥石は真ん中辺りが凹んできた(写真で分かるかな?)ので、今は意識的に両端部分を使うようにしているけど。

砥石表面には時々水を垂らして表面に水が途切れないようにする。暫く研いでいると砥石のクズがペースト状になるが、このペーストの上で研ぐのが肝要なので水を垂らし過ぎて流さないように注意する。

研ぎながら、時々包丁を指で触って研ぎ具合を確かめる。指の腹を刃の胴から刃に向かって滑らせるのである。刃にかすかな盛り上がりを感じたら、それは返しといって研ぎが完了した合図になるから、今度は反対面を研ぐ。

砥ぐ時間は刃の状態にもよるけど、包丁の違いも大きい。我が家の包丁では、薄い刃の包丁は片面1-2分も研げば返しが出てくるけど、厚い刃の包丁の方はその倍の時間は研いでいる。そのくせ、薄い刃の方がよく切れる。切れ味の持ちもいい。

利き腕の関係か、どちらかの面の方が研ぎやすいはずであるが、意識的にどちらの面も同じ様に砥ぐことを心がける。反対面にも返しが出来たら、また裏返して、その返しが無くなるように砥ぐ。私は更に裏返しては砥ぐのを段々と軽くしていって何回かしてるけど、これは私の無用なコダワリであろう。

オマケの画像。我が家のヨーグルト、昨日作って今朝食べようとした所を撮ってみた。元々は R-1 だったが、今ではすっかり普通のヨーグルトになってしまった。私は今の方が好みだけど。


表面が綺麗過ぎて、一部すくって見せないとヨーグルトに見えない。これ程の出来は滅多にない。しかし、いくら上手に作っても妻は尊敬してくれない。

日経 日曜に考える ギリシャ問題

今日は日曜日。日経新聞にとっては株価の欄というお手軽なデータで紙面を埋めることが出来ない大変な日(月曜もそうだけど)。しかし、読者にとっては一週間の内で最も紙面が充実している日。

無駄な紙面がないので 美術・文芸欄も充実しているけど、「日曜に考える」という紙面が好きだ。今日は合計で7ページあった。その記事の中でもギリシャ問題に注目。

かのチプラス首相は、今度は9月20日に総選挙をやるらしい。これも国民を動かす為にやろうとしている重要な儀式なのだろう。チプラスは反緊縮を唱えていても結局は緊縮財政をやっているんだけど、そのステップを踏まずに緊縮財政を受け入れた今迄のボンクラ政治家とはひと味違う。

チプラスよ、やるじゃないか…と私は感じていたけど、今迄の新聞のチプラス首相に対する評価は芳しいものではなかったと思う。しかし、今日の記事では、「チプラス氏、意外と策士」との評価をする東大特任講師のインタビューが載っていて嬉しかった。
いつも外国のせいにするのがギリシャの国民性だ。それを自分たちで決めさせることで、文句を言わせないようにした。ギリシャ語でノーを意味する『オヒ(OXI)』に投票しろというのもうまいやり方だ。第2次大戦でイタリアがギリシャに無条件降伏を迫った時も、当時の首相は『オヒ』を掲げて戦った。ギリシャ人にとって特別な言葉で、自尊心をくすぐった
他にも駐日ギリシャ大使のインタビューも載っていて、また一つ勉強になった。ギリシャ人が怠け者という「ギリシャ神話」を信じないで欲しいと。

ギリシャ問題に注目しているのは、日本が財政破綻した時にどう対処するべきかという切実な問題意識からだけど、私もギリシャの立ち直りの手助けが出来るように応援していきたい。

住宅広告のチラシを眺める

このマンションに越してきてから、ポストに入るチラシの量が激減した。チラシお断りと書いてあって管理人さんが目を光らせているからか。それに新聞の折り込みチラシも何故か少ない。

少ないとは言え、土曜日には住宅の折り込みチラシが多数。新築マンションや新築建売、それに中古物件も。新築には値段が書いてないものも多い。それで広告の意味あんの?

ウリ文句にツッコミを入れながらチラシを眺める。
  • 自然豊かな環境です。…めっちゃ不便なとこやろ。
  • 南面サッシはペアグラス。…幹線道に面して防音せざるを得ないか。
  • 下に住居がなく、お子様がいても気兼ねなく。…二階ですか。
今の住まいは賃貸マンションだけど、もし売買してるなら幾らぐらいするのか? 近くのマンションと比較して想像するのも面白い。専有面積や築年数にもよるけど、立地で大きく変わるのでビックリする。ここはとても良い立地だから、さぞかし…。

見ていて特に面白いのは間取り。 昔は、将来の自分の理想の家を実現するための参考として。今はもう家を所有するという考え方に否定的になっているけど、移り住むべき より良い家があるかも知れない。

マンションの間取りはどれも概ね同じなんだけど、細かな違いが住み心地を結構左右する。

例えば、ウチの浴槽は120サイズ。最近のマンションは140か160が多いけど、私は今のサイズで満足している。大きいとお湯がもったいないし。浴室もデカくなるし。

浴室が小さい分、洗面兼 脱衣兼 洗濯室とトイレにはゆとりがある。しかし、ここに暮らしてみて、この大きさは必要な大きさだと感じる。他の住宅のは狭すぎる。億ションのトイレでも多くはウチのよりも小さいのが不思議だ。

玄関も廊下も前に住んでいた所より少しづつ広いけど、広すぎると思うことはない。やはり、前のが狭すぎだった。それに玄関には靴箱を置かないで代わりにベンチにしたから便利だし、とても広く感じる。

キッチン裏の洗濯室への引き戸と洗濯室と廊下の間の引き戸を開けると回遊できるし風を通せる。かなりしっかりした戸で、閉めきると洗濯時の騒音がかなり軽減される。それに、浴室乾燥機カワックが付いているのも雨が続けば重宝する。

リビングに接した和室もリビング側と廊下側に引き戸があって回遊できる。廊下とリビングの間のドアを閉めれば和室に風が通る。引き戸一つを加えるだけで使い勝手は格段に良くなる。

前に住んでいたのは角部屋だったけど、出窓が結露して面倒だった。今は上下左右を よそのおうち に囲まれているので夏涼しく冬暖かいはずである。風は南北に吹き抜けるだけで十分すぎる。マンションの角部屋って熱環境の事を考えると本当は価値が低いはずで、それを素晴らしい眺望などと宣伝に騙されて高値で買えば大損である。

それから、何階に住むのかで日照、湿度、虫の多さ、騒音の大きさ、階段の辛さ(エレベータもあるけど)、などが異なる。今の4階という高さはそれらのバランスがとても良い高さだと思っている。外廊下とベランダが広いのも心地よい。

おっと、今のウチの自慢になってしまった。結局、チラシを見てココが最良の選択だったと確認したいだけなのかも。

尤も、嫌だなと思うところも少しはある。貯水槽があるから夏に水道水が藻臭く感じるし、ベランダの排水管が(ケチって)2戸に一つしかないからお隣から流れてきた髪の毛が溝に溜まるし。

所で、今は水害が大きなニュースになっている。被害にあった人には悪いけど、運が悪かったというより水害に遭いやすい地区に住んでいた宿命なのではなかろうか。改めて、家に最も大切なのは 雨、風、暑さ、寒さ から命を守る役目だと思う。ここは川に面した立地であるが、水害には強いはず。天井川なのである。川から離れる程標高が低くなる。だから、出水してもここには水は溜まらない。しかも、ここの堤防は向岸の方が低いから、絶対に安心なのだ。

それから、地震も怖いが、この地区は阪神大震災で地殻の歪のエネルギーを放出したのだから、数百年は大丈夫だと信じている。おまけに、この建物は地震の教訓で強固に建てられている。

でも私も妻も、管理と住人のマナーの良さ こそが今の住まいの一番気に入っている点である。これはチラシでは判らない。賃貸マンションならでは の現象かもしれない。家主は資産価値を維持するために努力する。金さえ出せば住民になれる分譲マンションとは違って、家主は居住者を選ぶ。

恐らく、優良大手企業の社宅にもなっているのだろう。このマンションの住人は若きエリートサラリーマンとその家族や 私と同年代若しくは もう少し年上の品の良さそうな人達ばかりである。私達が入居出来たのは幸運だったのかも。年収は株の売買益でなく配当金で毎年安定してると説明したのが良かったのか、あるいは10年近く自分の会社を経営? している実績を評価されたか。

居住者の年齢が幅広いのは賃貸ゆえに住民が絶えず入れ替わっていることもあろう。分譲マンションなら居住者の平均年齢が上がり続けて最後にはスラム化するに違いない…と、結局は賃貸マンションにした事を正当化するのであった。

英語 二重母音字の読み方など

英語には三重母音(綴りには r が入ってる)も存在するけど、母音字が重なるのは二つが最大である。

英語の母音字には a i u e o の5文字の他に y w もある。但し、y w は後ろに母音字が来れば子音になるから、二重母音字の組み合わせは 5*7=35通りも考えられるけど、実際に使われるのはそれ程多くない。

これ迄に説明したのは、oo と ou のみ。しかし、英語に出てくる(アクセントのある)母音は今迄に全て説明した。だから、二重母音字の発音はそのどれかになる。逆に言えば、同じ発音に異なる綴りが存在する場合がある。

そればかりか、同じ綴りに異なる発音が存在する場合もある。

結局、綴りも発音も個別にキチンと覚えておく必要はあるけど、原則と例外を知っていれば記憶する労力も減ることだろう。

二重母音字の存在意義

まず、これ迄に説明したように、英語の母音は6種類あるから5種類の母音字では不足する。このため、 oo と ou そして6種類からはみ出す異端児 oi の場合のように母音字が一文字だけでは発音出来ない音を表現するのに二重母音字が使われる。これが第1の理由。

さて、今迄に説明した母音の内、閉音節の母音は後ろに絶対に子音が必要なのに対して、開音節の母音は後ろに子音がある場合も許される。

その子音が語尾なら、その後に黙字の e を加える事で開音節の母音の発音として読めるけど、その子音の後に更に字が続けば e を加えるやり方では不可能だ。(その e は発音されてしまう。)

そういう時に、二重母音字が開音節の母音の音を表現するなら問題が解決する。これが第2の理由。

それから、英語は語尾が黙字の e 以外の母音字( a i u o )で終わることを好まない(例外はあるけど)ようである。しかし、i と u にはその身代わりの y と w を充てれば(例 by「バイ」、new 「ニュー」…単に u の代わりに w をつかうことは無くて ew を使う。)済むけど、a と o の開音節の時に困る。

じゃあ、黙字の e を付ければどうよ、というやり方もあるけど、例は非常に少ない。(重要単語では toe 「トウ」位か。shoe は「シュー」って発音だし。)

そういう場合、英語は ay と ow というように綴る。そして、この綴りと等価な ai と ou が語中にも使われようになる。これが第3の理由。但し、そうすると、今迄 ou は「アウ」と発音すると説明して来たが、「オウ」という発音もあり得るのだ。
因みに、グロービッシュの語彙1500語の語尾がどんな母音字で終わるのかを調べてみた結果を示す。 a は9語、i は1語( I )、u は1語( you )、e は370語、o は11語、y は103語、wは28語。
外来語が綴りを変えずに英語に入ってきた場合には、その綴りに含まれる二重母音字をどう読むのか決めなければならない。最初の母音字を開音節の発音で読む場合が一番多いけど、同じ綴りでも違った読みになったり千差万別である。これが第4の理由。

最後に、同音異義語を書き分けたいとすれば、同じ発音で異なる綴りになるようにしたい。この為の二重母音語もあろう。例えば、see と sea はどちらも「スィー」と発音する。これが第5の理由。

この5種類の要因で、英語の綴りには二重母音字が存在していると思っている。

開音節の母音字と等価な発音

a 「エイ」 ai ay ei ey
i 「アイ」
u 「ウー」 oo
u 「ユー」 eu ew
e 「イー」 ee ie ea
o 「オウ」 ou ow oa

調べてみたら、「アイ」と発音する二重母音字は無いようだ。

それから、oo は閉音節の母音「ウ」だけでなく、「ウー」という発音もある、というか、こっちの場合の方が多い。u 単独の開音節の発音は「ユー」の場合が殆どで、使い分けているようだ。ただ、「ウ」と発音出来る綴りは oo しかないので、私としては、oo の代表的発音は「ウ」としたい。

同じく、「アウ」と発音出来る綴りは ou と ow だけなので、私としては、ou の代表的発音は「アウ」としたいけど、これを「オウ」と発音する場合も多数ある。

注意点として、ie を語尾に用いた場合は e は黙字として解釈され、「アイ」の発音になる(例、pie 「パイ」)ことがある。

閉音節の母音字と等価な発音

e 「エ」 ea

この発音の場合は必ず後ろに子音が来る。この同じ綴りで開音節の発音「イー」もあるけど、そっちは後ろに子音がある場合もある。その場合、綴りから「エ」なのか「イー」なのかを区别することは不可能だと言える。後ろに子音が無ければ確実に「イー」であるが。そう言えば、read は現在形なら「'イード」で過去形なら「'エッド」なのだった。

その他の二重母音字

or 「オー」 au aw
oo 「ウ」 oo
ou 「アウ」 ou ow
oi 「オイ」 oi oy

以前の投稿で書いた二重母音字も再度出しておく。この内、「ウ」の発音は閉音節だから、必ず後ろに子音が来る。

これで決まった読み方の二重母音字は ほぼ出揃った。

おまけ

al 「オール」 又は 「オー」 又は 「アー」

これは二重母音字ではないけれど良く出てくる読みだ。後ろに k が来ると「オー」(例 talk 「トーク」)で f や m が来ると「アー」(例 half 「ハーフ」、palm 「パーム」)になる。

最後に

二重母音字のように見えても、音節がその母音の間で分かれていれば二重母音字ではない。(例 area … ar・e・a 「エア'イア」)

だから、英語の綴りだけでなく、音節の区切りとアクセントの位置を同時に覚えることが大事だ。それは、発音を覚える手助けになるし、英文を書く時にも単語の途中で改行するには音節の区切りの位置でしか出来ないのだから、その為にも必要だろう。

キャッシングは殆ど返済した

今日、早速ATMでキャッシングの返済をした。5万円をATMに入れる。

今迄のようにお金を返されることなく、カードと明細書だけが出てくる。元金49,749円、お利息他251円。

成る程。その日までの利息をまず返済し、残りが元金の返済に廻るのか。無事に返済出来た事に満足。だが、その後しばらくして1万円単位でなく、残りの額も返還出来そうだと気付いた。

その後、ショッピングモールに立ち寄った際にそこの入り口にもATMがあった。よし、帰りに試してみよう。

そして…試しに2千円を入れてみる。お釣りが出てくるかなあと思っていたら、そのまま返される。今度は千円を入れてみる。今度は成功。元金1,000円、お利息他0円。

先程5万円返還した時点で利息はなくなっているから、二度目の返済では全額が元金の返済に廻ったという事。言わば、残金は今日借りたのと同じ状態。さっきネットで確認したら返済が反映されていた。まだ、509円をキャッシングしてる事になるけど、これに対する利息は僅かに4円である。

これで海外キャッシングの繰り上げ返済については良く分かった。

繰り上げ返済は出来るかも

今日、ニコスカードから葉書が届いた。「融資ご利用内容のお知らせ」である。
本書面は、貸金業法に基づき、キャッシングをご利用の都度、ご利用内容をお知らせする書面となります。
ということだが、タイで引き出した取引(他に利用はないけど) は1回払い取引と書かれていた。あれっ、リボルビング払いではなかったのか?

キャッシング一括払いの繰り上げ返済はATMでは出来ない。電話で返済の申し込みをして、指定された口座に指定された金額(その日までの利息の計算をして、その分と元金の合計)を振り込む一括での返済のみだそうだ。何とも面倒くさい。電話のオペレータに繋がるまでどんなに待たされることか。

その一方で、ショッピング・リボとキャッシング・リボの繰り上げ返済はATMで出来る。但し、元金の一部だけである。元金の全額を返済することは出来ない。

キャッシング・リボは別名カード・ローンだそうだ。そう言えば、ATMから返済しようとした時に出たメニューがショッピング・リボとカード・ローンの二択だった。何でキャッシング・リボが選択肢に無いのか戸惑ったっけ。どっちも試してダメだったのだが。

キャッシング一括払いの利用客は別に金に困っている訳でないから、さっさと返済したいはずだが、なるべく沢山の金利を払って貰う為にATMでは返済出来ないようにしている…のか、或いは法的な制約で一括返済しか認められないのか。

しかし、一括払いはリボ払いに後から変更出来るのだった。そこで、ネットで変更してみる。一昨日、画面を見た時には気付かなかったが、確かに一回払いとなっていた。それをリボ払いに変更…無事に完了。

今度こそATMで返済出来ると思う。1万円単位だから5万円の返済、1,258円残るけど、それに対する金利など僅かなものだ。生憎、台風が近づいているから明日試せるか分からないけど。

海外キャッシングの繰り上げ返済不首尾

クレジットカードの海外キャッシングが海外留学中の娘への送金手段である。娘には家族カードを渡し、それを使って先日バーツを引き出した。これ自体は順調なのだが、返済までの期間の支払い金利を節約しようと本人カードで繰り上げ返済を試み不首尾に終った話。

先週、引き出した連絡を受けた次の日に返済を試み成功せず。この時はキャッシングの限度額が下がっていたものの、支払いの請求額にはまだ反映されてなかった。ネットを探ると、繰り上げ返済は請求額が確定してからでないと出来ないとの情報があったので、その時もう一度試して見ようと思った。

その後しばらくはカード会社のサイトにログインしてキャッシングの請求が来てないかチェックしてたけど暫く忘れていて、昨日久しぶりにチェックしたら請求が来ていた。それで今日再び繰り上げ返済を試みたが、又もや成功せず。

果たして家族カードでの利用を本人カードで繰り上げ返済することは可能なのか怪しくなって、ネットで情報を探す。そうすると、ニコスカードではないけど三菱東京UFJ銀行カードのサイトに「家族カードではご返済いただけません。」との注釈があった。私の場合はその逆のケースだけど、ダメだろうと思う。

幸いにも娘は月末近くになって引き出し、キャッシングは月末締めだったので借入期間が最短に近かった。そうすると支払い金利は利用高の1%強に過ぎないから、もう繰り上げ返済でジタバタするのは止める事にした。

キャッシングはリボ払いで支払い月額の上限は5万円である。今回の利用額はそれを超えていたけど、ネットで支払額は臨時増額したので無駄に金利を払わずに済む。

所で、ATM利用料は徴収されたのだろうか。タイ側で180バーツ、ニコスカードで216円取られている可能性がある。

請求額は、51,258円+金利730円で合計51,988円であった。この51,258円を15,000バーツで割ると、3.4172円/バーツになる。

請求に使ったのはどの日の為替レートか不明だけど、休日に引き出したから、その日以降の平日の値決めであろう。電信売(TTS)と電信買(TTB)の仲値(なかね)が手数料無しの為替レートになるけど、三菱東京UFJ銀行のサイトでは、8/31 3.38円/バーツ、9/1 3.38円/バーツ、9/2 3.37円/バーツ、9/3 3.37円/バーツ、だった。請求額はこのどのレートよりも悪い。

そこで、ATM利用料216円がかかっているとして、それを引いた額、51,042円を15,000バーツで割ると、3.4028円/バーツになる。

一方、ATM利用料180バーツがかかっているとして、51,258円を15,180バーツで割ると、3.3767円/バーツになる。

タイと日本の両方でATM利用料がかかっているとして、51,042円を15,180バーツで割ると、3.3625円/バーツになる。

うーん、この結果から見ると、タイ側のみATM利用料が取られているらしい。別の金額を引き出して請求額を調べればもっとはっきりすると思うけど。

英語子音のカナ表記 ら行はLに譲る

以前書いたように、全ての英語母音のカナ表記が「ア、イ、ウ、エ、オ」で始まる字の範疇に納まったから、英語子音のカナ表記はそれぞれの子音のみの場合と母音と結合した場合の6種類を示せばよい。

子音のみの表記

子音のみの場合は「ウ」の段の字を当てる。しかし、「ウ」の段にその音価のない場合にどうするか。小さい「ウ」を付けて無理やり「ウ」の段にする方法と「ウ」の段にはこだわらない方法があると思う。

慣例では子音のカナ表記を「ウ」の段とするかどうかは単語によってマチマチであった。例えば語尾の[ʃ]( sh 音)を表すのに、English は「イングリッシュ」だし、sash は「サッシ」(こぶり式に母音を書くと「セヤシ」になるけど)である。そこで、私はこだわらない方法を採りたい。子音を表すのに母音を加えるのは不自然だし、字数が増えるのも嫌だから。

しかし、その結果、語尾が「イ」の段で終わるとすると、そこに母音があるのか無いのか分からなくなってしまうので、母音「イ」がある場合(子音で終わるケースよりもずっと少ない)には特別に小さい「イ」を加える。例えば mushy は「マッシィ」と書く。

子音のカナ表記が「ウ」の段にならないのは、「シ」、「ジ」、「ト」、「ド」、「チ」、「ヂ」、それと、「ン」だけである。「ハ」行音は「フ」では表せないけど、英語には「ハ」行音の子音だけの発音は存在しない(米式発音では wh で存在するけど)から問題なし。

「ン」について

英語では[n]と[ŋ]の発音には n の文字を宛て、「カ」、「ガ」行音の前では[ŋ]を発音し、それ以外は[n]を発音する。[m]の発音には m の文字を宛てる。

これら語中における英語子音の[m]と[n]と[ŋ]を「ン」の文字で表すことにする。日本語の「ン」がこれら3種類の発音を含むからである。

[n]の発音に「ヌ」を割当てるのは不自然だからやらないけど、語尾に限っては[m]の発音に「ム」を割当てる。「パ」、「バ」、「マ」行音の前でしか「ン」の文字を[m]と発音出来ないから、「ン」で語末の[m]は表現できないのだ。

逆に、パスポート申請時にヘボン式で名前を書く際に、「ン」の読みが「パ」、「バ」、「マ」行音の前だったら m と書くように指導される(息子の名前がそうだった)けど、それにはこういう理屈があった訳だ。

また、語尾に限って[ŋ]は「ング」の文字を宛てるけど、「グ」は「ン」とセットでこの発音を表すのに書いたもので発音はしない。これは、英語でも同様で、語尾が[ŋ]の場合の綴りは ng になるけど、g は発音しない。

所で、finger は[fɪŋɡə]だけど、singer は[sɪŋə]と g は発音しない。これは、音節の分け方が fin・ger と sing・er の違いがあるから生じる。

これらのカナ表現は「フィンガ」と「スィンア」と書くことにする。即ち、母音の前の「ン」は英語発音のカナ表現では[ŋ]と発音することにする。但し、日本語では、母音の前の「ン」は[m]でも[n]でも[ŋ]でもない鼻母音である。

一方、語尾の「ン」も日本語では鼻母音だが、こっちは英語発音のカナ表現では[n](「ヌ」という積りで)と発音しないと英語らしく聞こえない。

このように、私が提唱している英語音のこぶり式カナ表現は、発音がカナで表現されているとは言え、カナの通りに発音する訳ではない点に留意して欲しい。カナで表現した発音記号であり、その記号に対して英語の発音を割り当てているだけ(なるべくカナの発音に近い、又は連想できるように割り当てた積りだけど)である。

カナで英語子音の殆どは表現出来る

日本語ではもはや区别してない「ジ」と「ヂ」を[ʒ]と[dʒ]を書き分けるために使ったり、[v]を表す「ヴ」を使ったりすれば英語子音は殆ど表現出来ると言える。勿論、「ジ」や「ヂ」は「イ」の段だけ、「ヴ」は「ウ」の段だけ。他の母音との結合形はカナ文字にはないけど、小さな母音字を添えるという手段がある。例えば、「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」とする。

この様に日本語本来の発音にない文字を作るのは、単に英語の発音を表すためだけではない。昔の日本人は d を「デー」としか発音出来なかったけど、今では皆「ディー」と発音出来る。明らかに日本語の発音の範囲が広がったのだ。これは、「ディ」という発音の記法を作ったお陰だと私は思う。

「ラ」行は L に譲る
ここまでやって出来ないのは、th音の表現と R と L の書き分け。th音は「タ」行と「ダ」行で表す事にする話は以前した。それで最後まで残った問題が R と L の問題。

このどちらも「ラ」行として覚えたらもう区别は不可能だ。だから、「ラ」行は L の為だけに使うことにする。母音の後の R は母音と結合してしまって R の音が消滅するし、L の音の方がより明瞭で子音らしいからだ。

では母音の前の R の音はどう表現するか。色々考えたけど、R 抜きにしようと思う。例えば、try は「トアイ」と書く。「オアイ」という母音はないから、「t アイ」という表現と分かる。しかし、「タイ」と書かなかったのだから、t と「アイ」の間に何かが在りそうだ。それが隠された R である。

しかし、この方法でも語頭が R の単語ではお手上げである。仕方がないので、省略記号である「'」でも付けてみるか。せめて視覚的に R の存在が分かるように。例えば、run は「'アン」と書く。

そうすると、try も「ト'アイ」と書けば良いか。母音の前の「'」は R を表すという規則。
後日談: ローマ字入力手段を定義していると、やはり「ら行」は r を使わないと一般には受け入れて貰えないと考え直した。それで、l の発音には新しく、「るら」、「るり」、「るる」、「るれ」、「るろ」 を使うようにする。但し、子音単独は「る」で構わない。
この方法は意外と使える気がする。調子に乗って th音の表現にも使うことにする。英語音から th音を抹殺するのが非英語話者の総意だとは思うけど、現状は容認せざるを得ないから、視覚的に区别しておこう。「タ」行、「ダ」行の前の「'」は th音を表すという規則。ここで隠しているのは t を th に変化させる記号なのだ。例えば、this を「'ヂス」と書く。「'ディス」と書く必要はない。「'」が付いていれば th音と「ア、イ、ウ、エ、オ」の結合した音と分かるから。

この表現なら、以前「フ」を使ったほうが良いかも、と思っていた語尾の th音でも違和感なく使えそうだ。例えば、bath を「ベヤ'ツ」と書く。

以上で英語子音を全てカナ文字化出来た。少なくとも視覚的には、このかな文字から完全に元の英語子音を再生出来るはずである。ただ、日本語のカナとして発音する時に「ジ」と「ヂ」、「ブ」と「ヴ」を区别出来るのか、「'」が出てきたときにどう発音するのかの問題は残るけど、書き分ける努力を続けていれば「ディー」が言えるようになったように、将来は区别して言えたり 聞き取れたり するようになるのかも知れない。

こぶり主義の英語学習

グロービッシュという考えも、こぶり主義に通じるものがあると最近気付いた。良い物を少な目にの精神を英語に置き換えれば、即ち自分が使える英語の語彙を少数精鋭にすること。語彙をあやふやなまま増やすよりも少数の重要単語を徹底的に使えるようにする方が良いのではないか。

私は最近の日本の英語学習熱、特に小学生にまで教えようとする国の方針に対して大いに危惧を抱いている。今日はそれに関して面白い本を読んだ。

「日本人の9割に英語はいらない」 成毛 眞著 祥伝社 2011年9月

副題は 英語業界のカモになるな! である。そう、英語学習熱を煽っているのは英語教育産業である。国民の大半がそれに洗脳されているものだから、政治家もそれに加担する。優秀な文部官僚は小学生に英語を教えるのは無駄だと十分分かっていると思うけど、失業覚悟で上からの命令に反対する気など無いから粛々とその準備を進める、という図式だと思っている。

この本の、日本人の9割に英語は必要ない、という主張には賛同出来るんだけど、その人達が英語を勉強するのは無駄である、とは思わない。日本の国語教育は文法と論理を鍛えてくれないけど、英文法を勉強し言語の表現法や考え方の差異を体験することで国語教育の欠陥が何とか補なわれているのではないか。

だから、学校教育では英会話なぞ要らない。徹底的に英文法をやって欲しい。そうすれば辞書を使ってでも英文の読み書きは出来るようになるだろう。

但し、英単語の正しい発音も併せて覚えておきたい。英会話が必要になった時に慌てて勉強して何とかなるから。私は語学学習に安易な抜け道があるとは決して思わないが、それらの基礎があればこそ一日で喋れるようになる、という事も可能だと思う。

残念ながら、私が受けた英語教育ではまともに英文法は教わらなかった。5文型も動名詞と不定詞の違いも社会人になってから自分で勉強して学んだ。英単語の正しい発音も指導されてなかった。つい最近まで done は「ドーン」だと思っていた。「ダン」が正しいなんて教えてくれなかった。

私が英語教育で要求されたのはひたすら暗記、暗記、暗記、私が一番キライな暗記。英語の成績が最低だった事は言うまでも無い。

今では若い頃の記憶力など全く残っていない。何かを覚える事が出来るとしたら、それは印象に残る何か特別な発見があった時。その為には英語と比較して仏語やラテン語や独語も学ぶのが一番だと思っている。英語だけ勉強してもドンドン忘れていくけど、それが複数の言語と絡みあうと記憶から抜け落ちにくくなるようだ。

そんなことを繰り返して、私は今迄数多くの面白い発見をしてきた。それらをこのブログで発表していこうと思っている。

タイ旅行計画

しばらく妻の実家に行ってた。息子に会うためである。息子は、関東地方で開かれた学生の学術交流会に参加するため、滞在していたのだ。研究発表はしないけど、来年は息子の在学する大学が幹事校になるから見学するのだとか。しかし、来年大学院生になれるのか…。

しかし、異常に涼しかった。行く前の週間天気予報では30度を少し下回る位の予想気温だったのに、実際は20度を僅かに超える程度であった。7月に旅行した時も寒かった。私は雨男ならぬ低温男なのだろうか。

さて、今日は妻と一緒にパスポートの申請に行ってきた。娘の留学中にタイに旅行する為の、第一歩である。前のパスポートは5年も前に期限が終わっていた。

タイは11月頃から雨季が終わって旅行に適した時期となる。しかし、娘は12月中に帰国するからタイに行く時期は絞られてくる。その期間でエアもホテルも安いのは何時か。個別に手配するのとパック旅行のどっちがいいのか。バンコクの他にビーチリゾートにも行くとしたら、どこが良いのか。これから検討していかねばならない。

所で、今タイと言えば爆弾テロである。かなり安全な国だと思っていて、安心して娘を留学に送り出したと言うのに。娘の話では、タイの爆弾テロの後で(命令で)帰国することになった欧米からの留学生が多数いたとか。しかし、犯人が捕まったとは言え、まだ全員捕まえた訳ではないので安心は出来ないが、それでも銃が野放しの米国よりはましだと思っている。彼の地では一人撃ち殺された程度では国際ニュースにならないから。

一番安全だと思っていた日本でも、しかも出歩かなくても、家に飛行機が激突して死ぬこともある。ある程度安全に気をつけて行動し、後は運だと思って無意味に心配しないのが一番である。

そう言えば、娘からATMで15,000バーツ下ろしたとの連絡が入った。円で5万円ちょっとになる。キャッシングの利用限度額をネットで確認したら21万円が15万円に下がっていた。一万円単位で表示されると初めて知った。それで、今日銀行にも寄って繰り上げ返済を試みたが「タダイマ オトリアツカイ デキマセン.」との事だった。

以前、カード会社に問い合わせた時には即日繰り上げ返済が可能なように答えていたのに、利用限度額から言って情報はカード会社に伝わっているはずなのに、上手くいかない。まあ、利子を払っても大した額ではないのだが。そのためにアタフタするのも馬鹿げているとは思うが、実際にやってみて結果をブログを読んでいる人に知らせる事には価値があるかもしれない。

それと、利用に際して表示されたATMの利用料180バーツが実際にかかるのかどうか。以前はそれを実際に徴収すると利息制限法で定める利息を超えてしまうから出来なかったという事情があったらしいのだが、2010年に利息制限法の改正があって、ATM利用料(利息とみなされない費用:ATM等手数料一万円以下の額108円、一万円を超える額216円)は利息に含めない事になってから、徴収するかどうかの対応はカード会社によって異なるらしいのだ。この顛末は後日報告したい。

グロービッシュの研究

図書館にグロービッシュの本があったので借りてきた。グロービッシュとは、Global English からの造語で、英語から難しい単語や慣用表現を除いたものである。

英語をコミュニケーションの道具とするにしても、英語を母語とする者達と同じ土俵でやりたいのなら膨大な時間を英語の勉強に費やさばならない。一方、グロービッシュの勉強には終りがある。単語数も限りがあるし、難しい文法も使わない。英語を母語とする者達にはグロービッシュの土俵に降りてきて貰えば良いのだ。

まあ、こんな考えは昔から幾度と発表されていて、また実際に使われている。例えば、私が今使っている電子辞書にも入っている、OALD (Oxford Advanced Learner's Dictionary of Current English)では語彙の説明を 3,000語の範囲内でしている、という話だ。

それで、グロービッシュの単語数は 1,500語である。これなら全部覚えてみようかという気にもなる。まあ、殆どの単語は既に知っているはずだし。また、これなら発音に関する規則がどの程度成り立っているのか実際に調べてみる気にもなる。

因みに、綴りが gi と ge で発音が「が行」の単語が幾つあるのか調べてみたら、全部で12語あった。
anger  begin  finger  forget  forgive  get
gift  give  girl  hunger  target  together
それら全てがゲルマン系の単語である、というのが私の説だったのだが、実は一つだけ仏語由来のものがあった。どれかお分かりか?

答えは、target である。超基本単語の get と同じ綴りの部分を「ゲット」と読まずには居られなかったのでは? というのが原則から外れた理由ではないか、と思っている。

単語に数字がない、月の名前がない、曜日の名前もない

さて、この 1,500語を眺めていると超基本的な単語なのにリストに含まれていないことに気がついた。これは一体どうしたことだろう。旅行英語で(そして、ビジネスでも)最も必要なのは、金額、時間、場所、を示す単語だと私は思っている。数字、月、曜日の単語が無ければ、その内の金額と時間が示せないではないか。

これらの単語をグロービッシュに加えてみる。0 から 19 迄で 20語、20 から 90 迄で 8語、百と千と百万と十億と兆で 5語、月の名前で 12語、曜日の名前で 7語、合計 52語を追加。(序数の first second third は存在)

まだ、これがないと絶対におかしいという単語があるかもしれないけど、今回はここ迄。

ジュラシック・ワールドを観て思ったこと

今日は給料日かつ仕送り日。但し、娘への仕送りは暫くお休み。

子供達の携帯代は基本料は親の負担ということにしていて、通話料その他は仕送りから差っ引くことにしていたけど、大事な用事で電話する事も多いから今迄厳密には徴収してこなかった。

だけど、最近になって息子がドコモのdTVというサービスを利用し始めたと知ったので、今月の仕送りから遡って3ヶ月分の代金、1,500円引いて送金しておいた。

それから、今週、社会保険事務所から標準報酬決定通知書なるものが送られてきた。これは7月初めに提出した平均報酬月額に対して、どのランクの報酬と認定したのかの結果を知らせるもの。

健康保険については 5万8千円、厚生年金については 9万8千円、が私の標準報酬である。どちらも実際の給与よりも高いのだが、これが最低ランクの金額なのだからしょうがない。まあ、厚生年金に関しては 保険料は高くなるけど それだけ年金も増えるのだから良い面もあると思うけど。

では、今回の本題。

月曜日に夫婦でジュラシック・ワールドを観に行った。昼得切符の未使用のが今週末の期限なので繁華街に出掛けようという訳だが、混むのは嫌だからお盆休みも過ぎた平日でしかも朝一番の上映を狙ったのだ。(昼得切符は帰りにしか使えなかったけど)

案の定すいていた。夫婦50割引という制度を利用したけど、3D映画には追加料金がかかって2800円になる。3Dメガネを掛けてちゃんとした映画を観るのは初めての経験。最初は浮き上がって見えてたけど、いつの間にかそんな事は全く意識しなくなった。追加料金払ってまで観る程のものでもないなあ、というのが私の意見。妻はメガネをかけて映画を観たので疲れたと言っていた。

22年前にジュラシック・パークを夫婦で観た時は、息子が生まれる直前だった。この二つの映画のタイトルはネズミのテーマパークを意識して付けたものと思われる。ストーリーは昔のとほぼ同じだが、今回はお客さんが大勢いるところでの大惨事。人間の傲慢と愚かさを見事に娯楽映画で表現したと言えよう。そして懲りないどころか愚かさを増幅させている所を描いているのは前回作があっての事。

そして、立派に見える防御システムが実にあっさり破壊されていく様は、まるで福島原発の事故を見るようだった。安全の為には想定外の事故がたとえ幾つか重なっても大丈夫なように用意せねばならぬ。この心構えは人生のあらゆる場面(例えば、投資、住まい、車の運転など)で活かされることだろう。

アルファベットについての雑学

英語を書くのに用いているのはアルファベット。ローマ字とも呼ばれるこの文字は、名前通り古代ローマの公用語であるラテン語を書くのに使われていたもの。

私は、ひょんな事からラテン語を勉強したので、英語を專門に勉強してきた先生方でも知らないような英語の勉強がちょっと楽しくなるアルファベットについての雑学が語れるかも知れない。

C から G を作る

アルファベットという名前が示しているのはアルファ( Α )、ベータ( Β )、…という文字のセット、つまりギリシア文字から来たもの。で、その3番目の文字はガンマ( Γ )。音価は g と一緒。しかし、アルファベットで3番目は c である。

ローマ帝国が西欧を制覇するよりもはるか昔、ローマ人の祖先がローマ近郊に定住した頃、そこにはエトルリア人と呼ばれる人々が住んでいた。文字を持たなかったローマ人の祖先達はエトルリア人から文字を教わり、これを自分たちの言語(ラテン語)を書き表すのに使うようになった。エトルリア人はギリシア文字から自分達の文字を作ったらしい。

しかし、このエトルリア語には語頭の有声閉鎖音( b、d、g 等)がなかった(韓国語と同じ!)ので、このガンマをエトルリア人たちは k の音価の文字として使っていた。ガンマは、もっと古くは「く」のような形で、それからエトルリアの方では c の形に変化したらしい。

ラテン語には g の音価があったので、ローマ人はこの c の文字を g と k の両方の音価の文字として使った。人名を略記する際、Gaius と Gnaeus はそれぞれ C. Cn. と書くのが習わしとなっているのがその名残である。

しかし、これでは不便だということで、"C" に横棒を加えて ”G” の文字を作り(まるでカナに濁点を加えるように)、両者を使い分けることにした、という事である。因みに、ローマ帝国全盛の頃は大文字しかなかった。小文字はずっと後の時代、修道院僧が写本する際に書きやすいように作り出されたそうである。

だけど、ローマ人達は、何故 k の文字を利用しようとしなかったのか。彼らはその文字も音価も知っていたというのに。僅かに、Kalendae (月初めの日)、Karthago (カルタゴ というローマにとって宿敵の都市)という言葉のみに使われた、と言うから、あるいは神聖な文字か不吉な文字と思っていたのかも。

この、k の文字は使わない、という伝統はそのままラテン語の末裔、フランス語、イタリア語、スペイン語などにも受け継がれ、そして、英語でも。

英語で k が綴りに入っていれば、ほぼ間違いなくその言葉はゲルマン系なのである。ノルマン仏語やラテン語から取り入れた言葉ではない。

それから時代が下って、c と g は後ろに i と e の母音が来ると音価がそれぞれ s と j に変わるように変化した(「カ、キ、ク、ケ、コ」が「カ、セィ、ク、セ、コ」に、「ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ」が「ガ、ヂ、グ、ヂェ、ゴ」に)。

この伝統も英語は受け継いでいるから、get 「ゲット」や give 「ギブ」等は発音からラテン語系ではない、つまりゲルマン系の言葉だと分かる。じゃあ、ゲルマン系は ce や ci を「ケ」や「キ」って発音するかというと、そんな発音は英語にはないし。ラテン語学習者でしかそんな発音したことないはず。ゲルマン系の言葉なら(「ケ」や「キ」に限らず) k を使っている。

「ブルガリ」のロゴは BVLGARI

私は高級ブランドの「ブルガリ」の製品を持っている訳じゃないけど、新聞の広告を見てオッと思った。BULGARI の間違いでは? じゃなく、気取っているな、と。ラテン語を勉強していれば分かる。古くは U の文字はなく、V を使っていたと。(以下の話は小文字で)

日本語で「い」と「う」との後に母音が来た時には子音のように振る舞い、それぞれ「や」行と「わ」行の音になるように、ラテン語でも i と v は後ろに母音が来ると子音として振る舞うが文字に区别はなかった。しかし、これも時代が下り、i からは j が作られ、v からは u が作られ、母音と子音は別の文字を使って読み易くするようにした。

この時、v は現代の w の音価、j は現代の y の音価だったが、時代が下り発音が変化した。それどころか、「母音の前だけ」という原則を忘れて、すっかり子音になってしまい、vivre (生きる、仏語)とか reloj (時計、スペイン語)とかの綴りが出来たり(音価が変化したのだからそれでも良いんだけど)する。

しかし、英語だけは原則に忠実なのだ。英語で j と v の後に母音字の無い綴りは外来語を除けば私の知る限り、存在しない。尤も、その原則の為に不要な母音字が追加されて迷惑なこともある。例えば active は最後に読まない e があるから「エャクタイヴ」と思いきや「エャクティヴ」なのである。しかし、activ という綴りは英語では許されないのだ。

但し、j の方は語尾には使われることがなく、その音価は -dge の形で綴られる。だから、当然に j で終わる単語もないけど。蛇足ながら、j のラテン語時代の音価は発音記号に残っている。例えば、yes [jes]となっている。

そして、w の文字はラテン語では使わない。これは英語を書き表すのに新たに作られた文字なのである。しかし、v が二つくっついた形でも「ダブルヴィー」ではなく、「ダブルユー」と呼んでいるのは u と v が同じ文字だった名残だろう。「ワ」行の子音としてだけでなく、u の代わりの母音字としても使われている。

それから、ラテン語での y はギリシア語由来の語を書くために用いられた母音で、「イ」と「ウ」の間の音(「ユ」のように聞こえる)を表す。英語では、w と同様に「ヤ」行の子音としてだけでなく、i の代わりの母音字としても使われている。だから、この文字は母音の音価の方を採って「ワイ」と呼ぶのだろう。

H は何故「エイチ」と呼ぶ

アルファベットの各文字は大抵その文字の音価が含まれている。しかし、英語では、h に関してはその原則に当てはまらない。例えば、ドイツ語では h は「ハー」、k は「カー」である。そうであれば、 h を「ヘイ」と呼べば k が「ケイ」であるのと釣り合うのだが、実際は「エイチ」だ。

この理由を探るには、ラテン語の末裔たちを調べるに限る。何せ、仏語、スペイン語、イタリア語など、それらの言語では h は発音しないのだから。(英語でも、語頭の h 以外は発音しないけど。)

発音しないのに、何で綴りに使われているのかというと、かつては発音され綴りに含まれていた場合と子音と結合して別の音価を表す場合がある(それに、仏語の場合は h が在ることでリエゾンしない"場合が"あるけど)と分かる。そして、この文字の呼び方は c と結合した時の発音を表している、というのが私が作った説。
  • 「アッシュ」、仏語 ache
  • 「アチェ」、スペイン語 ache
  • 「アッカ」、イタリア語 acca
これらの最初の a は、いづれも前置詞の a だと勝手に解釈している。これは色んな意味を持つが、「~に」という意味ならピッタリだ。

しかし、イタリア語の場合、ch の組み合わせは chi 「キ」と che 「ケ」だけである。だから私の説なら h の呼び方は achi 「アキ」か ache 「アケ」でないと困るのだが。

とにかく、英語は仏語の影響が一番大きいと思われるので、仏語でうまく行っているから良しとする。前置詞も英語の to とか for とかに替えずに a のまま。それで、
  • 「エイチ」、英語 ache
なのである。語末に読まない e があるから、その前の a は開音節の「エイ」と呼び、ch の読みは英語では「チ」なのだから。

日経特集記事の空虚さに愕然

本日の日経新聞の特集面(7ページ)に大きな見出しで、
  • 都市にますます密集
  • 引っ越さなくなった日本人
と書いてある。データディスカバリーというコーナーで紙面の2/3も使って何やらグラフが書いてある。で、次のページをめくってみる。当然、詳しい内容が載っていると思って。

しかし、そこには健康器具の全面広告があるだけだった。おかしいな、と思ってページを戻す。そこには常識を疑う内容が書かれている。
国連の予測では、日本は2050年にシンガポールや香港に続く、都市集中社会になる見通し。
そして、「日本の都市部に居住する人口の割合」 として2050年の予測値 97.7%と書いてある。ほんまかいな。一体、都市部ってどういう定義なん? と思って紙面を眺め回すと小さく書いてあった…全国の市(東京都特別区部を含む)に住む人の割合、らしい。

アホか。どんな辺境の地に住んでいても、行政上「市」だったら都市部なのか。それだったら、都市集中社会って市町村の合併の事ですか、と思う。数字を鵜呑みにするバカに紙面のこんなに大きな場所を任せるって、日経よ、大丈夫か?

引っ越さなくなった日本人という話も、ピーク時からほぼ半減というだけの事。引っ越しをよくする年代の人口もほぼ半減しているのだから、果たしてその見出しは妥当なのか大いに疑問だ。

しかし、本当に空虚なコーナーだ。日経は、そのデータを元にして何か言いたいことはないのか。大事な紙面を使ってもっと意味のある事を読者に伝えようとは思わないのか。これだったら、こぶり主義の投稿でも載せた方がよっぽどましだ。

まあ、新聞に書いてある事でも鵜呑みのせず、自分の頭で考え分析する事が大切であるという教訓にはなった。