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7月, 2015の投稿を表示しています

妻の工作

今日は妻が工作した。電気スタンド…は在ったんだけど、傘の紙がダメになっていて骨組みのまま放置していた。私が一向にやりそうも無かったので、妻が百均で紙を買ってきて、この傘を貼り替えのだ。


紙に漉き込まれた花が、私には目がバッテンになった顔に見えるんだけど、なかなかの出来栄え。今迄、リビングの半分は暗かったんだけど、これで新聞も読めると妻はご満悦。

それより私にとってこの作品は、妻が元気になって来た証だと思えてならない。それに、近所のカルチャーセンターでアカペラの講座にも通い始めたし、引っ越しを機にして生活全般が明るくなってきた。

醤油の密閉ボトルが良すぎて困る

良い物を少な目に。この方針に基づいて最近はキチンとした原材料を使った調味料を買うようにしている。勿論、原材料が全てでは無いが、原材料がまやかしのもので美味しいものは存在しないから。

良い製品は原材料もシンプルだ。例えば、米酢の今使っているものの原材料:米。たったこれだけ。醤油:大豆、小麦、食塩。味噌:大豆、米、食塩。

それでも、スーパーの目玉商品の価格と比べても2倍程度だし、調味料は使う量も食品の素材に比べればずっと少ないから高いとは思わない。それで美味しい食事が出来るのだから。

そして、これは調味料とは言えないかもしれないけど、レモンジュース(ストレート):有機レモン。オリーブオイル:ギリシア産オリーブ。ギリシアを応援する積りで買ってきた。


日本の会社の製品だけど、原料のオリーブオイルはギリシアだから、ギリシアの経済の立て直しに一役買えたとすれば嬉しい。調べると、最高級のオリーブオイルはギリシア産なのだとか。

しかし、買うのに多少躊躇したのが味醂である。本格派、三河の味醂:もち米、米こうじ、本格焼酎。割愛するが、それぞれの産地(もちろん国内)や製造所まで細かく書かれていた。

これは本みりんと名付けて売っている味醂の5倍の価格だ。でも、それだって普段飲んでいる日本酒やらワインの値段から言えば決して高くは無い。味醂も酒の一種なんだから、それくらいの値段が当然だと思い直して買ってきた。

味醂は発酵で甘みがアルコールに変わってしまうのを抑えるために焼酎を加えるのが伝統的製法だが、本みりんを名乗っていても通常は焼酎でなく醸造用アルコールを加えている。普及品は糖類も添加している。そんな事はやってませんと高級品を気取っていても、もち米がタイ米だったりする。私が買った三河の味醂は、これらのまやかしの誘惑に負けないで作られた。高くても当然だ。

むしろ最近は、単に高かったとか思うより、良い物を買ってその製品が末永く作り続けられたら嬉しいな、という気持ちが芽生えてきた。

さて、以前から醤油は丸大豆のものを選んで買っていたが、密封ボトル入りのものに最近切り替えた。二人暮らしで消費量も減っているから変質し難いと宣伝されている新型ボトルを試そうと思ったのだ。

使ってみると非常に調子がいい。使う度に内側の容器が縮んで醤油が入っている所には空気が入らない。実にシンプルで効果的なアイデアだけど、…

非英語の民は団結してth音を無くす

「ヴァ」とか「ディ」とかの表現も認めれば、カナで表せる英語の子音の範囲は意外と多い。それでも無理なのは th の音と R と L の区别だろうか。

R と L の区别は数多くの言語でなされているから、日本語話者としても受け入れざるを得ないと思うけど、th の音は英語独特の音。地球の人口の1割にも満たない英語を母語とする民の変な発音の為に、残りの民が舌を噛むような思いをしてその変な発音を練習しなければならないのは嫌だ。

古英語には edh と thorn と呼ばれる独自の文字が含まれていたけど、その文字の発音は現代英語では th と綴る事に変わった。一方、ラテン系の単語は綴りはthでも発音は単に t である(例、theatre 「テアトル」)。それを英語を話す民は th と綴られているという理由で変な発音をしている。

中南米のスペイン語はスペインのと少し異なっているけど、それも正しいスペイン語と認められている。むしろ、話者人口を考えれば、中南米のスペイン語の方が主流である。だから、英語も国際共通語とするならば、th の音は英語を母語とする人達の訛りとしてしまおう。主流派は th の発音無しとなるべきだ。

では、どう発音するか。

カタカナ英語では「サ、ザ」行で代用しているけど、世界を見渡すと「タ、ダ」行で代用するのが普通。そもそも、ラテン系の単語はその方が正しいのだから。しかし、カタカナ英語のやり方にも理由がある。実は、日本語の「サ」行の音は s よりも th の方に近いのだ。

とは言え、日本語話者であれ th の音は「タ、ダ」行で代用すべきものと思う。直すべきは寧ろ「サ」行の音。英語の音として発音する時は、もっと鋭い音にして s に近づけることだ。

しかし、「タ、ダ」行で代用するとなると、音節が th で終わる場合、「ト」で代用する事になるけど(例、forth 「フォート」)、ここは f で代用したい方が(例、forth 「フォーフ」)受ける印象が近いと思う。

日本人に合わせた英語を作る

こぶり語を作る、という話では読み書きに関して日本語を改良したい、という夢を語っていたけど、この投稿は、英語の聞き、話し、音を記憶する事、に関して日本人に合った英語を作りたいという夢を語っていこうと思う。

英語の読み書きに関しては、努力次第で英語を母語とする人達を凌駕することも出来ると思っている。しかし、日本語を母語として育った以上、英語を聞く能力に障害があって、訓練して多少は英語を母語とする人達に近づいたとしても決して追い着けない。

英語の聞き話す能力について、日本人が目指す目標は決して母語話者と同じレベルではあるまい。それだったら、一生が英語の勉強で終わってしまうだろう。だから、言いたい事が伝わればそれで良しのレベルを目指そう。

では、一体どうするのか。

日本語話者は、英語の音を聞き、五十音の音の箱のどれかに振り分ける。そして、その音の組み合わせでしか英語の音は記憶出来ないはずだ。そう考えるのは中国語を習っても四声を一向に記憶出来なかった私の体験に基づく。

日本語を習っている人で「おばさん」と「おばーさん」が聞き分けられない、という話を聞いて、その人が音楽を聞けるのなら日本語の音の長さも聞き分けられるはずなのにどうして分からないのだろう、何て思っていた。

だけど、自分が中国語を習い始めてやっと分かった。音の違いは分かっても、その人の頭はそれを言葉として記憶するように作られていないのだ、と。確かに中国語を聞いて音が上がったり下がったりしているのは聞き取れる。だけど、頭に残っているのはその音だけだ。それもカナで表せる音。

だから、英語の音も日本人にはカナで記憶するしか方法はないと思っている。

今迄、英語の音をカナで書き表す事について多くの試みがある。よくあるのが、日本語の音で英語の発音に最も近い音を当てる方法。確かに日本語になっているカタカナ英語よりも余程通じ易いとは思う。例えば、チャンネル(channel)はチャヌーと発音する方が良い、という様に。

しかし、そうすると英語では区別している音がカナでは全部同じになってしまう場合も出てくる。とりわけ英語の母音の発音は細かく分かれている。日本語の母音「ア」に最も近い母音が5種類あるとも言われる。(hut)も(hat)も(hot)も全部「ハット」と覚えたら困るのだ。

そうすると、違う英語の発音が同じカナに割り当てられないよ…

娘の留学準備

タイへは8月に出発だが、関空発と思っていたら、娘の大学最寄りの地方空港から出発することになっていた。それで、連休中2泊3日の慌ただしい日程で娘が新居にやって来た。直前まで試験があって出発前に会える最後の機会だから。

娘は留学前に新居を見たかったし、色々と留学に際して用事があった。

まずは、パスポート。娘が高校の修学旅行の時に作ったもの。有効期間は十分あり。こちらで預かっていたけど、タイのビザを取って娘に渡した。大阪のタイ王国領事館に行って取る必要があるので、娘に必要な書類を送ってもらい、私が代行で申請と受領していた。原則、本人しか出来ないけど、未成年者なら親が代行も可能。

それと、クレジットカード。海外キャッシングの為に必要なので、NICOSの家族カードを作っておいたのを渡した。

そして、娘のスマホNexus5の液晶の修理と電池交換。一ヶ月前位に落っことして液晶のガラスにヒビが入り、電池の持ちも悪くなってたから新しいのを買いたい、と言う娘をなだめて修理を約束していたのだ。

修理用の部品はネットで注文出来て、修理のやり方も体験談もネットで出回っているから出来そうだったけど、後から部品は偽物という情報も耳にしたから修理が上手く行くか不安だった。確かに、メーカーは個人がスマホを修理することは認めてない。下手に修理すると技適の認証が失効して電波法違反の疑いが出てくるというのがその理由だろう。だから、正規の修理部品も入手出来ないはずなのだ。

届いた部品はどう見ても本物のようだった。わざわざそれを偽造しても絶対に儲からない。ただ、検査不合格品を横流ししている可能性もある。電池の容量が規定の1/3にも満たなかったとの情報も多数あるし。部品の値段は合計1万円程。その他にY型の特殊ドライバーを買って用意しておいた。

娘が図書館へ行っている間に液晶と電池の交換だ。豪快に液晶を引きちぎって外す。とても娘の前では出来ない。娘が戻って来た時にようやく修理が終了。無事に起動して一安心。ただ、液晶の取り付けの際に接着剤を付けるのを忘れた。後で保護ケースを付けてもらう事にする。電池の持ちがどれ位改善したのかははっきりしないけど、少なくとも悪くはなっていないようだった。

今迄、娘とは携帯電話の家族無料通話と携帯メールで連絡していたけど、留学中は使えないから、LINEで連絡を取るように計画している。…

カトラリー向上作戦

引っ越しで断捨離力が増した我が家。前々から気になっていたカトラリーもいよいよ断捨離することにした。

使うには特に問題無いんだけど全然気に入ってないフォークとナイフ。確か、実家で余っていたものを結婚以来ずっと使ってきたけど、本当は良いものが欲しいと思っていた。
それで、この前、息子の暮らす街へ旅行した時に泊まったホテルのレストランでカトラリーを使ってみて、分かった。

いいナイフは柄は太いけど軽い。だから、握り易くて切り易い。調べてみたら、柄の部分が中空の構造(最中柄)らしい。そんな物が欲しいなあと色々探してアルファクトというブランドの製品にした。洋食器の名産地、燕市にあるメーカーで最中柄を得意としているらしい。

それで、ネットで注文してみた。ナイフ・フォークを4セット。最高級の18-10ステンレス製でシンプルなデザインのもの。勿論、ナイフは最中柄。


それから、今使っているスプーンはナイフ・フォーク程は嫌ってないから当面は断捨離しないことにしてるけど、今回はお試しでスープスプーンを夫婦用に2本も同時に注文。

考えて見れば、正式のテーブルセッティングで使われるスプーンはスープスプーンの方だ。意外とこの組み合わせも良さそうだ。

雨ニモ負ケテ、給料遅配

我が社は毎月20日を給料日として口座振込みしている。その日が銀行の休日に当たれば、その前営業日を給料日とする。

今月20日、月曜日は休日なので、今日は給料日…だったのだが、生憎の大雨で銀行に行きたくない。結果、早くても21日の振込みとなって久々の給料遅配となった。以前はうっかり忘れて、今日は分かっていて振り込まなかったけど、遅れて文句を言う人もいない。文句を言うとすれば、法令しかあるまい。

給与支払いについての法令としては、労働基準法24条で規定されている賃金支払の5原則と言うのが有名である。通貨払いの原則、全額払いの原則、毎月一回以上の原則、一定期日払いの原則、直接払いの原則、と呼ばれている。

しかし、我が社の場合、役員のみで労働者がいないから、労働基準法に於ける給与支払いについての様々な規定の束縛は受けない。私の知る限り、健康保険法3条5項の報酬の規定にのみ関係する。そうすれば、最低限3ヶ月に一回支払えば条件を満たすらしい。

尤も、税務署や社会保険事務所への給与支払い関連の手続きなどは毎月一回以上を当たり前のように前提としているから、毎月支払うようにするのが無難であると思う。

子供達への仕送りも給料日にしているけど、こっちは ゆうちょ銀行間の振込で土曜日でも大丈夫だから、明日、郵便局の本局まで行くことにしよう。

そう言えば、給与支払いも ゆうちょ銀行にすれば休日であるかどうかに関わらず、毎月20日支払いに出来るからイイかも。ネットでの手続きが法人でも無料だし。

日本語は状況記述で済ませる事を好む

プログラミングの業界では、近年、関数型プログラミング言語が流行しているそうである。それで、何で流行しているかと言うと、従来主流の手続き型プログラミング言語よりも記述が簡潔になり、それだけプログラム開発の生産性が良いらしい。それだけでなく、並列処理の効率が良いという。

さてこれから話を日本語と英語の対比に持って行こうとしているんだけど、その前にコンピュータ言語の説明。

関数型プログラミング言語も手続き型プログラミング言語と同じ位に歴史は古い。では何で昔は流行らなかったのか。それは、実行速度が遅すぎたのだ。しかし、時代は変わってきた。CPUが十分に高速化し、またマルチコア化して来た現状では関数型プログラミング言語が遅いのは欠点で無くなり、プログラム開発の効率性とか並列処理の面での優位性が増してきたのだ。

それで、両者の違いを説明するのに、1からN(正の整数とする)までの数字を足すプログラムが良く使われているけど、
手続き型プログラミングでは、内部変数 temp にループカウント i を加えるという計算を i が N になる迄続けて最期に temp の値を返す。関数型プログラミングでは、S(1)=1、x>1の時に S(x)=x+S(x-1) と定義して S(N) の値を返す。 というような違いがある。手続き型プログラミングでは概ねCPUの動作を模した表現なのに対して、関数型プログラミングでは、表現は簡潔(こういうやり方を再帰的定義と言う)だけどCPUが実際にどう動いているのか分からん、と言うのは私の感想。
尤も、手続き型プログラミング言語で関数型プログラミングのような記述もできるし、関数型プログラミング言語で手続き型プログラミングのような記述もできるけど、それぞれのプログラミングの型にあったプログラミング言語を選ぶのがやり易い。

さて、これを自然言語に当てはめて考えると、英語=手続き型プログラミング言語、日本語=関数型プログラミング言語、と言う気がしてならない。

日本語:「暑いですね。」と状況を説明するだけだが、英語:「窓を開けて下さい。」、若しくは「冷房して下さい。」のように具体的に要望を口にする。

このように状況記述だけで目的を達する事が出来るのは、この状況に対してはこう対応するという行動様式が社会全体で共有されているからだと思う。日本語の構造というよりは日本文…

電車でお散歩

今日は良いお天気だが、暑い。家に閉じこもっていればウダウダして何となく一日が終わる予感がする。

そこで、涼しい散歩をしてみようと思った。隣の駅まで電車を使うのである。自転車で行ける範囲で電車を使うなんて発想は湧かないケチケチ病患者だけど、これ程暑ければ汗だくで不快になるよりも得ではないか、と考えたのだ。それに、せっかく駅に近い好立地のマンションに住んでいるのに使わないのも勿体無いと。

我がマンションから駅まで10分程歩く。普段良く使っているJRの駅よりも僅かに遠いけど、こっちは道のりのほぼ全てが木陰の遊歩道で気持ちがいい。

地図で調べると、駅間は約3kmあって歩けば40分はかかる。今迄、自転車で2回行った事があるけど、自転車でもちょっと遠いなと感じるような距離。運賃は150円だけど、平日昼間と休日しか使えない回数券にしたら、1枚あたり125円だった。往復で250円のちょっとした贅沢。

隣の駅前には大型書店も百貨店も無印の店も図書館もある。家の近くにも図書館はあるが、それよりも実感として3倍は大きい。

家に閉じこもっていれば出来なかった色んな発見をして、本を借りて、おやつを買って家に帰った。

数の呼び方の研究

新しい外国語を実用的に学ぶとして、最も重要なのが数の呼び方だろう。金額とか時間とかの大事な情報は聞き逃すと大変だったりする。

しかし、英語に堪能な人でも数字の翻訳には苦手な事が良くある。それは数字の区切り方が日本語(中国語や韓国語も)では4桁だけど英語(西洋諸国語も)は3桁なので、単に言語的に変換するだけでは済まないからだ。

その4桁区切りというのは中国語から来ている。しかし、中国語は元々全ての桁に異なる言葉を当てていた。一、十、百、千、万、億、兆、…。だから、昔の億は10万の意味、兆は100万の意味、となる。しかし、そうすると大きな数を表すのに桁を表す言葉が沢山必要になる。だから、のちに桁を区切って使うように変更して、桁を表す言葉を節約した。

では3桁で区切るのと4桁で区切るのではどちらが優れているのか。4桁なら大きな数を表すのに桁の言葉は少なくて済む一方で、数の桁の大きさが定まるまで一桁余計に言わなければ分からない。

つまり、「せんにひゃくさんじゅうよん」と聞こえた時、4桁区切りシステムでは、1234なのか、1234万なのか、1234億なのか、…、次の言葉を待たないと桁が確定しないけど、3桁区切りシステムならば1234であると確定する。

一方、桁の呼び名が足らなければ指数で表せば事足りる。だから、こぶり語では3桁区切りにするのが良いのではないかと思っている。しかし、そうすると、百万や十億といった桁の名前を新たに考える必要が出てくる。

でも、日本語でも既にそれらは使われていた。「メガ」、「ギガ」である。物理の単位やコンピュータ用語で当たり前に使われている様に、人口1メガ人(百万人)の都市とか、宝くじ一等1ギガ円(十億円)とか言えば良いのだ。

それと、千と兆は3桁区切りでも使えるはずだけど、ここは「キロ」、「テラ」で統一したい。そうすれば、0から999迄の呼び方さえ覚えれば、それより大きな数は国際単位の知識で補うことが出来て、外国の人にとっても覚えやすい言語になる。それに、「兆」という字も使いたくないと思っているから。

実は、中国では1兆の事を1万億と表現するのが通常である。それで使っていない「兆」の字を4桁に区切らずに使っていた昔の意味、「メガ」(百万)として近年使い出したそうだ。つまり、「兆」の字を使うと漢字文化圏のなかで意味の混乱を生じさせる恐れがある。蛇足…

ギリシアの意地

昨日まで2泊3日で長男の暮らす街へ夫婦で行ってきた。清々しい初夏の気候を味わって来る積りだったのに寒かった。美味しいものはいっぱい食べたけど。

その間に社会では色んな事が起きていた。中国の株が暴落し、我が家の資産も適正規模に近づいた(強がりな表現)。ギリシアでは緊縮受け入れ反対派が圧勝した。

日経新聞によると、反対に票を投じたのは若者たちが多かったそうだ。彼らには職がなく、どんなことが起きてももはや失うものは何もない。一方、裕福な人々や年金を貰っている人々は賛成が多かった。EUの言いなりになる方が失うものが少ないとの判断だろう。

賛成派が辛くも勝つとの大方の予想に反して、反対派が圧勝したという事は、それだけ困窮している人が多いのだと思う。これは、現代の百姓一揆だ。或いは、武器を使わない戦争か。独立国としてEUの言いなりにはならないという、ギリシアの意地を見せてくれた。

選挙後のEUの態度は微妙に変わってきたと感じる。言ってみれば、ギリシアはEUという消費者金融に借りまくって返せなくなった状態。無理やり働かせて全額を返させようようとしているドイツに対して、それはやり過ぎという意見も出てきた。

民事再生法とか会社更生法などの法律があるように、倒産させて僅かな債権をもぎ取るよりは経営を建て直す方が債権者にとっても有益なはずだ。

チプラス首相の賭けは成功したのではないか。私もギリシアのオリーブオイルでも買ってギリシアを応援していきたい。

頼んでみるもの

賃貸住宅だからと言って、使いにくい所を我慢して住みたくはない。元に戻せるような変更は勝手にやれるけど、このドアの取っ手を交換するとなるとドアに細工が必要になる。

我が家には引き戸でないドアが4箇所あるけど、2種類の取っ手が使われていた。

一つはクラッシックなデザインだけど、バネが強力で、しかも取っ手を真下近くまで引き下げないと開けることが出来ない。ドアを押して閉めようとすると爪がガツンと当たってそこで止まってしまうので、一々取っ手を引き下げて閉めねばならない、という使い勝手が非常に悪いもの。

洋室のドアと廊下のドアに使われていて、廊下のドアが閉まっているとそこを開け閉めしないで和室を通りぬけていく始末。

そこで、管理人さんにもう一つのタイプの取っ手に揃えて貰えないか頼んでみた。自費を出してでもやって貰う覚悟だったけど、それには及ばず、家主が了解して交換してもらえることになった。

件の取っ手は輸入品で壊れると同じ物はもう取り付けられないらしい。それで、トイレのドアとか使う頻度の高い場所が壊れて新型に交換されていたそうだ。今回は壊れた訳ではないけれど。頼んでみるものだ。


それで、今日がその日。建具屋さんがやって来て交換してくれた。ついでに、湿気ると反って擦れて開閉し難くなるドアがあったので、戸車の位置を調整して直して貰った。

新型の取っ手は20度も捻れば開くし、もちろんドアをそっと押しても閉まる。感動的に使いやすくなった。

こぶり語の基本設計

以前、こぶり語を作りたいという投稿をしたけど、このブログを書きながらだんだんと考えを固めようとしている。しかし、基本的な考えは出来ている。
こぶり語は書き言葉のみを規定する。文字は漢字、平仮名、片仮名、ローマ字、記号が使える。横書きとする。分かち書きをする。カッコを使って論理構造を明示することも出来る。漢字は音と訓の読み方が一意に決まるように定め、例外は読み方を表記する。 今の日本語の書き方だと、口述なら間合いとかアクセントなどの情報で明示される単語の区切りとか論理構造を上手く表すことが出来ない。分かち書きをしない習慣から、単語の区切りを付ける必要がある場合にも読点を打ったりすると文の論理が不明瞭になったりする。
それが文の理解の大きな妨げになっている事を改善したい、というのがこぶり語を作ろうとする大きな動機である。
記号で日本語独特のものといえば、句読点(、。)、鍵括弧(「」)、中黒(・)かな。音引き記号(ー)は記号というよりも文字の一種だと私は思う。

それ以外にASCIIで規定している文字も全部こぶり語の対象としたい。英数字も含めてそれらの記号には全角文字と半角文字の両方あるんだけど、こぶり語では半角文字を使う。但し、空白は半角と全角の両方ある方が便利な気がする。

コンピュータ言語で一般的に使われている数学的表現や論理表現はそれらのASCII文字を使って表現出来るし、言語に頼るよりも簡潔で明瞭だと思う。だから、積極的に記号を使うようにしたい。その上で記号を使って書かれた時にそれをどう読むのかをこぶり語として規定したい。例えば、A^2はAの2乗と読むことにする。

日本語の文学作品なら縦書きでも構わないとは思うけど、それ以外の用途には横書きの方が断然優れている。大体、このブログのようにパソコンで情報を扱うなら全て横書きだし、外国語や数字も含めた文章ならやはり横書きになる。日本の新聞が未だに縦書きなのが信じられない。

筆書きなら、確かに縦書きが本来の姿だとは思うが、活字を使うようになって字が四角くなってからは縦でも横でも同じ様に使えるではないか。それに、音引き記号が横書きと縦書きで形が変わる事にも抵抗がある。

分かち書きは不要な読点を排除するために不可欠だ。読点は論理的な区切りとして使うべきであって、単語の区切りを示すためにも使えば、混乱を招くものと考えている。

単語…

ギリシア問題で妄想する

明日は我が身のギリシア問題。政治と経済と金融が複雑に混じりあった複雑で深刻で興味深いドラマ。

しかし、緊縮受け入れ以外の道は破滅しかあり得ない、とは資本主義に毒された人間が考える事。元の貧乏国家に戻ってのんびりと暮らすという選択もあり得るのだ。今の危機的状況を生じさせたのは、ギリシアがユーロに参加して国民性を無視して経済成長を目指そうとしたから。アテネオリンピックで大盤振る舞いもしたし。

日本も東京オリンピックでは国立競技場を始めとして巨額の無駄遣いをしようとしている。そんな事をしている場合では無いのに。今のギリシアの混乱は日本の10年後の姿を見るようである。

ギリシアの首相の評価はEU側から見れば最低だろう。しかし、実は緻密な計算に基づいた大芝居を打っている聡明な大物ではないか、と妄想してみる。

ギリシアはこれまで何度も経済支援を受けて、その度に財政改革の約束をして、しかし国民の反発を受けて改革に頓挫している。今回、ギリシア政府が混乱を回避して緊縮受け入れしても実行は困難だろう。考えない国民が多数だから。年金が半額じゃいやだ満額よこせとデモをする。

しかし、本当は半額かゼロかの選択なのだ。よく考えれば緊縮を受け入れて半額でも貰っておいた方が良いと分かるはずだが。そのように考えない国民には破綻したらどうなるのかを少し経験してもらう必要がある。その上で、混乱は避けるべきだと思い知って黙々と地道に働く生活を選ぶのか、それともケ・セラ・セラで貧しくとも楽しく暮らそうとするのか、国民に選んで貰おうと言う訳だ。

国民投票を実施するという宣言のタイミングは、混乱を少し経験させるのに丁度良い時期だし、もし緊縮受け入れとなったら何とか混乱を戻せると思う。
しかし、もし芝居を打っていると国民に知れたら国民の意識は変わらないだろう。最後まで緊縮受け入れ反対を唱えて、資本主義体制側の人々にはバカ呼ばわりされて引退する。10年後の日本にそんな大物政治家が現れるだろうか。

R-1ヨーグルトは元気に育っているのか

今日は色んな事をした。

まず、健康保険の被扶養者資格再確認の書類を書き、封筒に入れてポストに(切手貼付不要)。

それから、算定基礎届の書類を書き、新しい管轄の年金事務所へ自転車で行って提出。印刷されていた事業所整理記号と事業所番号を訂正したのでその確認も兼ねて直接提出を選んだ。来年も切手代を節約するために直接提出を選ぶはずだけど。

そして、B市の上下水道料金の口座振替手続きを銀行で。

家に帰ってからeTAXで源泉所得税徴収高計算書を新しい管轄の税務署に提出。

おやつを食べてから、コープに牛乳を買いに行く。夕飯の後片付けを済ませてからその牛乳でヨーグルト作り。例のR-1のもう8代目位を育てている。

R-1の特徴は発酵時間が長いこと、出来上がってもしっかり固まらないこと、掬うと粘って糸を引くこと。R-1は多糖類を生成するので粘るらしい。

3代目位迄は初代のR-1と同じだったのだが、5代目辺りから発酵時間が短くなり、糸の引き方も少なくなったと感じられるようになった。そして、今では固まり方もしっかりしてきて、このまま行けば普通のヨーグルトになってしまう気がする。

考えればそれは当然なのだ。最初に僅かでも普通の乳酸菌がR-1に混じっていたとすれば、それはR-1に比べて速く増殖するのだから代を重ねる毎にその割合が増えるはずだ。

私としては普通のヨーグルトの方が好みだから、このまま育てて行こうと思っているけど、R-1の効能は残っていて欲しい(理屈には合わないけど)。

洗い桶の買い替えは犬の皿

新居に越して不便になった事もあるけど、その一つが流しの蛇口の高さ。今迄よりも何センチか低くなって洗い物がやり難くなった。何時ものようにやっていると皿を蛇口にぶつけたりする。

それで試しに、流しに置いてある洗い桶を無くして見ると、やり易くなることが分かった。しかし我が家の流儀では、洗い桶はご飯の付いた食器を浸け置くのに便利だし、野菜を洗ったり、台拭きや布巾を洗うのにも必要で無くすのには抵抗がある。

それに洗い桶があると、残り物を入れたタッパーや鍋を水で冷まして冷蔵庫に入れるのに都合がいい。冬ならまだしも、夏は室温ではなかなか冷めないので衛生上も大事なことだ。

尤も、今の洗い桶を気に入って使っている訳ではなかった。はっきり言って無駄に大きい。上部にある穴も邪魔である。そこにお箸の先が刺さって折ってしまった事が今迄に何度もある。

それで、もっと小さな洗い桶に買い替えようとネットで調べてみた。それで分かったけど、今の洗い桶は小さい方だった。これよりも高さが低いものは見当たらないし、あの無駄な穴も洗い桶と名が付く製品には全部に付いていた。

家の小さな洗面器が丁度良い大きさだと思って、洗面器も調べて見たけど、丁度良さそうな大きさの洗面器はプラスチック製のものしか見つからない。でも私はステンレス製のものが欲しい。

それで、更に色々探してみたら、丁度良い大きさでステンレス製のものが見つかった。犬の食器用のお皿だけど。その直径24cmは今迄の洗い桶の幅と同じ位。高さが今迄の12cmから7cmへと低くなっている。


新旧の洗い桶を写真に撮ってみた。新しい洗い桶は持ってみるとその大きさの割には重いと感じる。でも入る水の量も少ないから、古い洗い桶よりも重くて困るという訳でもない。

それで、実際に使ってみた。この小さな洗い桶だけを流しに置いてみると、スッキリとしてオシャレに感じる。洗い物をしても邪魔でない。ただ、ヤカンを水で冷まそうとするとヤカンの注ぎ口が邪魔になって真っ直ぐに置けないことが分かった。大した問題じゃないけど。

でも、妻は古い洗い桶を取っておくそうだ。ああ、モノを増やしてしまった。断捨離は難しい。