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こぶり語の基本設計

以前、こぶり語を作りたいという投稿をしたけど、このブログを書きながらだんだんと考えを固めようとしている。しかし、基本的な考えは出来ている。
  1. こぶり語は書き言葉のみを規定する。
  2. 文字は漢字、平仮名、片仮名、ローマ字、記号が使える。
  3. 横書きとする。
  4. 分かち書きをする。
  5. カッコを使って論理構造を明示することも出来る。
  6. 漢字は音と訓の読み方が一意に決まるように定め、例外は読み方を表記する。
今の日本語の書き方だと、口述なら間合いとかアクセントなどの情報で明示される単語の区切りとか論理構造を上手く表すことが出来ない。分かち書きをしない習慣から、単語の区切りを付ける必要がある場合にも読点を打ったりすると文の論理が不明瞭になったりする。

それが文の理解の大きな妨げになっている事を改善したい、というのがこぶり語を作ろうとする大きな動機である。

記号で日本語独特のものといえば、句読点(、。)、鍵括弧(「」)、中黒(・)かな。音引き記号(ー)は記号というよりも文字の一種だと私は思う。

それ以外にASCIIで規定している文字も全部こぶり語の対象としたい。英数字も含めてそれらの記号には全角文字と半角文字の両方あるんだけど、こぶり語では半角文字を使う。但し、空白は半角と全角の両方ある方が便利な気がする。

コンピュータ言語で一般的に使われている数学的表現や論理表現はそれらのASCII文字を使って表現出来るし、言語に頼るよりも簡潔で明瞭だと思う。だから、積極的に記号を使うようにしたい。その上で記号を使って書かれた時にそれをどう読むのかをこぶり語として規定したい。例えば、A^2はAの2乗と読むことにする。

日本語の文学作品なら縦書きでも構わないとは思うけど、それ以外の用途には横書きの方が断然優れている。大体、このブログのようにパソコンで情報を扱うなら全て横書きだし、外国語や数字も含めた文章ならやはり横書きになる。日本の新聞が未だに縦書きなのが信じられない。

筆書きなら、確かに縦書きが本来の姿だとは思うが、活字を使うようになって字が四角くなってからは縦でも横でも同じ様に使えるではないか。それに、音引き記号が横書きと縦書きで形が変わる事にも抵抗がある。

分かち書きは不要な読点を排除するために不可欠だ。読点は論理的な区切りとして使うべきであって、単語の区切りを示すためにも使えば、混乱を招くものと考えている。

単語の区切りは漢字とかなを混ぜて書けば良いと言うが、それにも限界があって、私など新聞を読んでいて変に区切ってアレッと思うことも度々ある。もし分かち書きによって単語の区切りが明瞭になれば、日本語の難易度も大いに下がって外国の日本語学習者にとっても有益だろうと思う。

括弧を使って論理構造を示すとは、例えば「一万円の本のカバー」という表現では不明瞭だが、「一万円の(本のカバー)」とか「(一万円の本)のカバー」とか書けば意味が明瞭になるということだ。括弧にも色々種類があって、どう活用するかはこれから考えて行こうと思っている。

漢字の読み方を表示するのは、ルビを現代風に復活させるようなものだ。コンピュータではルビは上手く扱えないからそれを括弧書きで補うようにしたい。勿論、論理上の括弧とは別の種類で。でも、出来れば読み方が一意に決まるように定義して読み方は一々表示しなくても済むようにしたいのだ。

その逆に、日本語に対する漢字も一つに決めたいと思う。例えば、「みる」という単語に対して、見る、観る、診る、視る、看る、覧る、など多くの漢字を当てることがある。これは、漢字の意味の範囲が日本語の「みる」から細分化されているからだけど、頭に「みる」と浮かんだ言葉に対してどの漢字を割り当てるべきかを考えるって間違っていると思う。

「みる」に対しては「見る」という漢字を書くことに決めておいて構わないと思うけど。そして、「見る」と書かれていれば、その文脈で漢字の観、診、視、看、覧に相当する意味を示すこともあるというだけだ。

それから、書き言葉なら2次元的に表現することが可能なんだけど、そのメリットをどうにかしてこぶり語に取り込めないかも考えてみたい。手書きならまだしも、コンピュータのテキスト情報でグラフィック情報を表すのは難しいんだけど。