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2017年4月15日土曜日

こぶりローマ字変換のヘルプページ

以前から、英語の発音をカナで表記する方法について研究してきたが、「エイ」と「エー」、「オウ」と「オー」を書き分けても無駄だと思うようになった。つまり、日本語話者にとっては、この2つの表記のどちらも同じ音として記憶されてしまうのだ。

「エイ」と「エー」、「オウ」と「オー」の違いは記憶されない

私の考えでは、日本語の母音には、「ア」、「イ」、「ウ」、「エ」、「オ」 の5種類以外にも、「エー」 と 「オー」 のような複合母音が日本語の中には存在している。しかし、伝統的には長音符(棒引きの記号)は外来語にしか用いないルールなので、「エー」 と 「オー」 の表記方法は 「エイ」 と 「オウ」 だった。

つまり、表記を変えたとしても同じ音を指し示す。だから、この音を書き分けたとしても その違いは記憶されない。

英語のカナ表記

そうすると、今迄は英語の発音で 「異なる音には異なるカナの表記を割り当てる」 という方針だったが、表記が異なっていても どちらだったのか記憶されて無ければ困ると思った。

例えば、英語の発音で coat [koʊt] と court [kɔːt] は、区別されるべき音である。これは 「コウト」 と 「コート」 に書き分ける事が出来るけど、音の記憶としてはどっちがどっちか区別して覚えていない。

一方、「エー」 という英語の発音は無い事になっている。だから、現在使われている英語のカナ表記で 「エイ」 と書くべき所が軒並み 「エー」 となっていても、幸い問題にならない。「ケーキ」→「ケイキ」、「スケート」→「スケイト」と脳内で変換出来るから。

以前、使わない 「エー」 という表現を [əː] という発音に割り当てようと考えていて、しかし、 skirt [skəːt] を 「スケート」 と書くのはどうかと思いとどまった事がある。しかし、これを「スカート」と書くと [ɑː] という発音とカナ表記上の区別が付かない。

その結果、[əː] という発音に新しいカナ表記を考える事にしたのだった。それと同じく、今回は [ɔː] という発音に新しいカナ表記を考える。

ローマ字テーブルの改定

結論: [əː] には 「アェ」、[ɔː] には 「アォ」 を割り当てる事にする。その結果、[oʊ] には 「オウ」でも「オー」でも使え、[ei] には 「エイ」でも「エー」でも使える事とする。

例: skirt は 「スカェト」、court は 「カォト」 と書く。

この結論によって、今迄作ってきたローマ字変換テーブルなどの情報を変更する。そして、ヘルプコマンドを新たに作ることを思い付いた。ローマ字で \h と打てば、このローマ字変換を説明するヘルプページのアドレス( blog.cobli.jp/p/help.html )に変換されるようにするのだ。Webブラウザのアドレスの処でそうすれば、ヘルプページに何時でも飛べる。

2017年4月10日月曜日

成功の定義

最近、隣の市の図書館にもよく行く。自転車で10分位の道のりで、人通りの少ない広い歩道を快適に走る事が出来るし、最寄の図書館に無い本も沢山置いてあるし、空いている椅子も多い、ので気に入っているのだ。

ウクレレを習い始めたからか、音楽関連の本を借りる事も多い。そこで見つけた本が、
「音楽で一生食っていきたい人のための本」 石田ごうき著 リットーミュージック
だった。音楽の本というよりは音楽関連の仕事で如何に自活するかという経営の本なのだが、なかなか良いことが書いてあった。

従業員向きの人材を育てる学校教育

プロの音楽家と言えば、自営業である。勿論、オーケストラの団員とか音楽教師とか従業員として音楽で食っていく道もあるにはあるが、狭き門である。しかし、演奏家やレッスンプロとして自営で生活出来るだけの収入を得る事もやはり至難の業である。

その自営に必要な知識とは、目標達成能力に関する知識だとこの本は説く。即ち、適切に目標を定め、それを効率的に実現することなのだ。そして、学校教育は従業員向きの人材を育てる教育で、自営に必要な知識は習わないから自分で学習するしか無いと言う。

成功の定義

何故、学校教育では自営に必要な知識を学ばないのか。上からの指示通りに動く人間さえ増やせば良いと思っているのだろうか。或いは上の指示が正しいのか疑うような人間を作ってはならないのだろうか。

しかし、「自ら目標を定めそれを実行する」 というのは何も自営とか従業員とかの話だけでなく、各個人の人生に於いても極めて重要な話なのだった。そして、この本の内容は仕事の話から次第に人生の目的とは何か、という色彩を帯びていく。それは次の言葉に凝縮される。
成功とは、他者の権利を尊重し、社会正義に反することなく、自ら価値ありと認めた目標を、原則に沿って、ひとつひとつ達成していく過程である。
この本の著者も他の本を参考にして 成功をこのように定義したのだと言うが、私はとても素晴らしい定義だと思った。大きな目標を達成した瞬間だけが成功なのでは無く、正しい道程を歩んでいること自体が成功なのだ。

つまり、たとえ上手く行かなくても(その方法では無理と判明したのだから)やはり成功だし、逆に、不正な手段で目標を達成したとしても それは成功では無い。森友学園よ、思い知れ。