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3月, 2017の投稿を表示しています

結婚25周年の話

先日、結婚25周年記念日にディナーに行ってみた。

いつもの結婚記念日は ランチに行く位のものだったが、世間では銀婚式とも呼ばれる今年の結婚記念日は特別な事をしようと思った。旅行するという案もあったが、その日は就活で娘が帰省している予定なので、ディナーに行くことにした。

仕事を人生の目的にするのか、或いは生活の糧を得る手段とするのかについて、少し前に娘と話した事がある。その折に、昔の同僚でエンジニアとジャズピアニストの二足の草鞋を履いて活躍している人の話をしたら、最近、ジャズに少し関心がある娘が聴いてみたいと言っていた。

その人の演奏スケジュールがネットに出ているのは知っていたので調べてみたら、正に結婚記念日のその日に さるレストランでジャズライブの予定がある。そこで早速予約して、ついでに 予約を受けたレストランのオーナーに 知り合いである事を告げておいた。息子にも一緒に行こうと声を掛けてみたら、最初は行けないと言っていたけど都合を付けて来てくれる事になった。

そして当日、家族揃ってレストランに行った。客は我々だけで、後で一人来たと思ったら、その昔の同僚の奥さんだった。我々が結婚記念日で来ると聞いてお祝いに駆け付けてくれたのだ。20年程前に、私が家族連れで米国に長期出張した折に知り合った仲で 皆が知り合いだったから、演奏後は全員で楽しくお喋りした。素敵な記念日になった。

結婚記念日はめでたい 考えて見れば、誕生日は生きている限りは毎年やって来るのに対し、結婚記念日は婚姻が続かなければやって来ない。そういう意味で、結婚記念日は めでたい。(誕生日も生きていて めでたい、とは言えるが。)
昔なら、夫が稼ぎ 妻が家事・育児をこなす という型に嵌った役割分担さえしていれば 婚姻を続けられたのかもしれないが、共稼ぎが当たり前になった現代、婚姻は対等な2人の同盟である。もし、お互いに この同盟関係を維持する努力を怠っていれば、その関係は解消される運命にある、と思う。
婚姻が続く為には その同盟関係である婚姻が続くように、共稼ぎ時代の夫婦では、家事・育児は夫婦で公平に分担する。我が家は「共稼がない」なので やはり家事・育児は公平に分担するようにしてきた(積もり)。
公平に、というのは単純に半分づつという訳ではなく、お互いに得意な事をやって労力に一方的な偏りがないようにする事。両者…

にわかバードウォッチャー

この頃、リビング南側の窓の外から美しい鳥の鳴き声が聞こえる。特に明け方。気になっていたら、妻がネットで調べて「イカル」という名の鳥だと分かった。あの美しい鳴き声と黄色いクチバシで確認。(鳥の鳴き声も聞けるサイトは沢山あるが、サントリーの 日本の鳥百科 が好み)

ここに引っ越して来てから早くも2年近くなる。このマンションは堤防が松林になってる川のすぐ横に立地していて野鳥も沢山いるのだが、この鳴き声には今迄気付かなかった。

今朝は夫婦でバゲットを買いに近くのパン屋まで散歩。7時前にマンションを出ると、脇の堤防の土手にイカルの群れがいて、木の実をパチッ、パチッ、とクチバシで割っている。数十羽は いそうだ。なるほど、最近こっちにやって来たのか。だから、家の中でも鳴き声が聞こえるのか。

私は鳥の名前には詳しくない。身近に見かける鳥で名前を言えるのは、カラス、鳩、雀、鴨、ニワトリ、くらいのものだった。しかし、夫婦とも最近は鳥に興味が出てきて、散歩中に見かけた鳥を後でネットで調べて どういう名前の鳥か覚えるようにしている。今のところ、「イカル」と「メジロ」は完全に覚えた。

「イカル」という名前は、奈良の斑鳩の里に沢山いたという言い伝えから記憶に残った。

「メジロ」は、やはり冬の早朝バゲットを買いに行く途中で見かけた。最初見た時は、地面に黄緑色の鳥の置物が地面に置いてあるように見えた。バゲットを買い、また同じ場所に戻っても それは同じ場所に置いてあった。何なんだろうと注視した瞬間、顔が少し動いた。あれっと思った数秒後、それは飛び立った。強烈な印象が残った。

後で妻に聞き、名前を知った。それ以後はちょくちょく見かけるようになった。その前もきっと目に入っていたに違いないけど、意識していなければ 認識されないらしい。

「メジロ」は名前の通り、目の回りが白いのだが、それよりも鮮やかな 黄緑色 である方が印象的である。この色を うぐいす色 とも言うらしいが、本当の うぐいす色 はもっと茶色がかった色であるらしい。ウグイスは目立たない鳥なので、ウグイスが鳴いている近くにいるメジロをウグイスだと勘違いして、メジロの色を うぐいす色 と呼ぶようになったと妻から聞いたが、真偽の程は不明。ただ、そんな事を聞いたり調べたりしていて「メジロ」の名前はしっかりと頭に残った。

この川には他所からも双眼鏡を構…

資本金の話

就活で、会社の基本データ (売り上げ、税引後利益、従業員数、創業年数) 等を調べるのは大事だけど、その資本金の額はさほど重要でないという話。

資本金は、会社の創業時の額にその後の増資、減資を経て現在の額になっている。創業時に小さく産まれても、その後に事業利益で着々と成長を続けていれば資本金の額を変更する必要なくそのままでやっていける。

そこで大事なのは会社の純資産の額で、総資産額ー負債額 になる。その純資産は株主資本(持分会社に於いては 社員資本)とも呼ばれ、資本金とそれ以外の部分(資本剰余金、利益剰余金 等)で構成される。

つまり、資本金が小さくても純資産が大きければ財務体質が強い会社である。

名より実を取る 事業利益が積み重なり純資産が増えれば、通常は資本金以外の部分が増える。確かに、資本金が大きいと見栄えは良い。しかし、資本金を増やす事は「増資」と呼び、手続きが面倒だし登記に必要な費用(登録免許税)も発生する。
それに、何より資本金が増えると税金も増える。従って名より実を取って、優良企業な中小企業でも資本金は小さいままの事も多い。 8,585,999円の壁 (合同会社の資本金がこれを越えると、設立時の登録免許税が高くなる。株式会社の場合は21,442,999円までは同じ。)9,999,999円の壁 (資本金がこれを越えると、設立当初から消費税の課税事業者にされる。)1千万円の壁 (資本金がこれを越えると、法人住民税が高くなる。)1億円の壁 (資本金がこれを越えると、法人税が高くなる。)5億円の壁 (資本金がこれを越えると、公認会計士の監査を受ける必要がある。) コラム: 登録免許税の額は、資本金から計算される額と最低額のどちらか高い方で、最低額は合同会社が6万円、株式会社が15万円。一方、資本金の0.7%が計算される額、但し資本金の1,000円未満は切り捨てて計算して税額の100円未満の端数も切り捨て。 増資する理由 増資には2種類ある。一つは有償増資で、これは外部から資金を調達する。もう一つは無償増資で、これは、利益剰余金などを資本金に振り替えるから純資産の額は変わらない。
有償増資には、事業拡大の為に資金を増やす場合と 倒産の危機に瀕した会社が取引先の会社とか銀行に出資してもらう場合がある。
無償増資は、資金的なメリットは無いのに税金が増えたりするが、資本…

子供達も就社活動

息子は大学院修士1年生、娘は大学3年生、ともに卒業後は就職する積りなので、この春は いわゆる 就活 に忙しい。この就活は就職活動の略らしいけど、就社活動の方が日本の実情に相応しいだろう。

日本の会社は新卒の学生を職では取らないのが一般的だ。だから、新人研修の後で配属先が決まるまで自分がどんな仕事をするのか決まってないし、その仕事もずっと同じとは限らない。

しかし、この就社という形式は、やりたい事がしっかりと決まっていない学生にとっては好都合だ。若者は、世の中にどんな仕事があるのかも良く知らないし、そもそも自分がどんな仕事に向いているのかさえも分かっていないくて当たり前。

世界基準の就職活動なら、職は固定で即戦力となる人物が採用される。百戦錬磨のベテラン転職組と新卒学生が同じ土俵で戦う事になるので、職歴のない学生はインターンシップというタダ働きで経験を買うしか手がない。

就社は欧米ではエリート大学生のみ ところが、欧米でも世界トップクラスの大学を卒業すれば、その能力を期待されて経験が無くとも「就社」出来るらしい。その特権が日本では(少なくとも形式的には)全ての新卒学生に開かれているのだ。この事を知っているだけでも 就活 出来て有り難いのだと前向きな気持になれると思う。
同期入社の仲間 就社で大事なのはどういう会社に入るかである。可能性のみがあって何の経験も無い学生が入るのに相応しいのは育ててくれる会社だろう。そうすると、長い目で見てくれるような会社の方が即戦力を期待している会社よりも良さそうだ。そして、急成長の会社よりも安定成長の会社。人材を育てつつ安定して成長するのに 新入社員は多くても社員総数の1割以下にしないと無理があると思う。
もし、社員の年齢構成に偏り無く、定年まで退職しないで40年勤めるとして、社員数が一定であり続けるなら、新入社員は社員数の2.5%になる。毎年、新入社員が社員数の10%で退職者が2.5%なら社員数は10年で約2倍になる。 因みに、就職人気一番の企業、三菱商事がどうなっているかネットで調べたら、ここ数年は社員数は6千名弱で新入社員の採用数は2百名弱だから、率は約3.3%だった。 どういう指導があるか、どういう仕事を与えられるか、という事については上司や経営トップの資質に関わるが、それに負けない位に同期入社の仲間の存在も重要だ。そうすると、…

日経日曜版が夕刊並みの薄さに

日経新聞は今月から土曜日と日曜日の紙面を全面的に変更する。

昨日は土曜日版の プラス1 という紙面が新しくなった。気に入っていた 算数オリンピックに挑戦 のコーナーは無くなったような気がしたり、その他の読む価値のありそうな記事も減っているとは感じたけど、それ程たいした事ではない。

そして、今朝、日曜版を見て驚いた。真ん中に挟んでいる NIKKEI The STYLE という紙面を除くと たった16ページ。夕刊と同じ。因みに、先週の日曜版は36ページあった。

その真ん中に挟んでいる紙面は 紙の質から別物で、内容も広告が殆どで読む価値はそれほど無い。

残りの部分からは お気に入りだった 日曜に考える(先週は7ページあった) や 読書(先週は5ページあった)のページが消えていて、まるで夕刊を読んでいるように感じた。「日曜に考える」や「読書」は 私にとって 日経新聞の中で最も読む価値のある記事だった。

ついでに言うと、妻は「詩歌・教養」のページを楽しみにしていたが、それも消えた。
後日談: 日経のWebに 日曜に考える の復活をお願いした書き込みをした。すると、担当部署に伝えます、尚、読書欄は無くなったのではなく、土曜日に移りました との返事があった。確かにあるけど、3ページに減っていた。詩歌・教養 のページも土曜日に移っていた。こっちは1ページと変わらず。 だから、今回の変更で 私には日経新聞を取り続ける価値は大いに減ったと言えよう。日経新聞にWebから文句を言って、それでも変わらないようだったら取るのを止めるかも知れない。