忠誠の誓い

昨日のNHK夜7時のニュースで、来日したエスパー米国国防長官を歓迎して米国国歌を演奏しているシーンが放映されてた。エスパー国防長官の隣には岩屋防衛大臣が並んで立っていてその演奏を聴いていた。共に右手を左胸に当てて…

米国国歌を聴く姿勢とは

世界選手権で米国の選手が優勝して表彰式で米国国歌が演奏される時、その米国の選手は右手を左胸に当てて自国の国歌を歌う。或いは、米国大リーグの試合に先立ち米国国歌が演奏される時、観客も皆立ち上がり右手を左胸に当てて国歌の演奏を歌う。

そんな光景を何度も目にしていると、米国国歌を聴く時はそのような姿勢を取るべきものかと思うし、自分もそうすると ちょっとカッコイイような気もする。しかし…

この姿勢は、忠誠の誓い(Pledge of Allegiance)というアメリカ合衆国への忠誠心の宣言の時に求められているのと同じ姿勢なのだ。即ち、この姿勢で米国国歌を聴くということは「私はアメリカ合衆国に忠誠を誓います」と言っているのと同じ事になる。

失言相当もの

これが、一個人が周りの状況に引き込まれて真似をするだけなら大した事ではないが、日本国の防衛大臣が公式の場でやってしまうとなると問題だろう。

「アメリカ合衆国に忠誠を誓います」となると、日本と米国の国益が対立した時、私は自衛隊を米国の為に動かして日本を攻撃します…と口には出さずとも言ったのと同じになるのだ。

この光景を見た米国民はきっとニヤニヤした事だろう。

私は今日の新聞にこの事についての批判記事が当然載っているものと思っていたが、我が家の日経新聞をはじめ、どのマスコミにも何の言及も無かった。野党も日頃から大臣のちょっとした失言でも大げさに問題視するのに、これはどうでも良いらしい。

英語の教育よりも大切

ドイツでナチス式敬礼をすれば犯罪であるらしい。言葉だけではく、世界には色んな社会規範があり、その意味を知った上で自分がどのように行動すべきかを考える事がグローバル社会を生きる上で重要だと思う。

只々アメリカ人の発音に少しでも近づけるべく貴重な時間を費やさせるような今の英語教育政策は止めて、本当のグローバル教育をして欲しい。