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働かない人の存在価値

こぶり主義のページに 現在の自分のプロフィールを追加して見た。今後、年始めに改定していく積もりだ。その自分のプロフィールを眺めていて、会社勤めに向かない人の生き方の一つを示せたな、と納得した。

ただ、働かない人間は どうやって生活費を得るのかが問題だ。会社勤めに違和感を覚えつつも正社員として働いて倹約と手堅い投資で資産を作ってリタイアというのが私の辿った道。意に反して会社勤めを一定期間続ける欠点はあるが、それでもリスク無しに定年を待たずに退職出来る、ある意味早期リタイアの王道だ。

しかし、そうして早期リタイアに成功しても直ちに幸せになれる訳ではない。会社勤めが当たり前のこの日本では無職と名乗るのは肩身が狭い。自家用法人を作って会社経営者を名乗ればそこは解決するが、今度は働いていない自分の存在意義について考えてしまうのだ。

蟻の社会では、2割の蟻は働かないそうだ。人間の社会でも比率は同じようなものだと思っている。全員が働いていれば一見効率は良さそうだが、そういう社会は変化にとても弱い。それに、一人が過労死すれば過労死がドミノのように続くかも知れない。だから普段は働いていない人間も必要なはずだ。
コラム: 肉体労働は機械によって、繰り返し作業はロボットによって、そして知的労働の分野さえもAIの発展によって、この現代社会は人間が働く必要はどんどん減っていく。ところが、人間は労働からどんどん開放されていくはずなのに、実際は定年がどんどん延ばされ高齢者でも働かざるを得ない社会になっている。それは(人々が生活する上で)必要とは言えない仕事が次々と生まれるからだろう。
結局、社会に害を与えるような仕事をしている人に比べれば 働いていない方がよっぽどマシだと考える事にした。それに、子育てに人より多くの時間を割いて良き社会人に育てられるからプラス。暇にあかして色んな事を考えたりやってみて社会に多様性を与えるから更にプラス。
コラム: 合法的な範囲でも 手っ取り早く儲けようとしている事業は 大抵社会に害を与えている印象がある。例えば、水害や地震での被害。被害に遭った建物の多くが (たとえ行政が許可を与えていたとしても)そもそも そんな場所に建てるべきではなかったか、その場所に相応しくない建て方をしていた。建てた業者に良識があれば被害は防げたものと思っている。最近では投資用物件の乱造。知識のない人を騙して売り抜けている。タワーマンションだってその大半は100年後には廃墟になるに決まっている。子孫に多大な迷惑を掛ける。同様に、パチンコ産業やタバコ産業も嫌いだ。例え経理の仕事だってそれらの仕事に関係していれば社会にとってマイナスの仕事だ。
ここまで考えて、ようやく早期リタイアで仕事をしなくなっても 胸を張って生きていける心構えが出来た。