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2015年2月25日水曜日

初めてのクリーンセンター

昨日、A市クリーンセンターへ粗大ゴミを持ち込んだ。初めての経験だ。

A市では、粗大ゴミの回収に来てはくれるが、電話で回収日を予約し、当日に事前に購入した1枚300円の粗大ゴミ券(ゴミの種類によっては2枚以上)を粗大ゴミに貼り付けて指示された所に出しておく必要がある。

今回出そうとしているゴミはアルト君に積んだ荷物と当日追加でキックスケーター1台だ。回収に来てもらうとすると合計2,400円の粗大ゴミ券が必要らしい。

粗大ゴミの持ち込みも電話の予約が必要で、30分毎の時間帯が指定出来るから朝10時半に予約してあった。予約した時間の5分前位に到着したら、先客の車が5,6台列を作って待っていた。車に乗ったまま待っている間に係の人が受付して車の窓越しに書類を渡してくれる。

自分の番になった。まず車を大きな秤の上に停車させる。書類を持って受付窓口へ。それから車を作業ヤードへ移動する。そこにも係の人がいて粗大ゴミを車から降ろしてくれる。そして、車を最初と同じ秤の上迄移動して停車。この時、車の列はもう解消していた。又、書類を持って受付窓口に行くと、料金を計算してくれる。今回は30kgだったので180円だった。

やってみれば意外と簡単だった。何か廃品回収業者になった気分。車を持っているなら、断捨離で大量の粗大ゴミが出た時は持ち込みの方が良いと思う。その方が料金を気にせず好きなだけ捨てられる。

それから、前の投稿でダンシャラーって書いてみたけど、断捨離のムック本には断捨離する人の事をダンシャリアンって書いてあったぞ。犬の名前っぽい(それはダルメシアンやろ)けど。

2015年2月23日月曜日

断捨離と一期一会

断捨離。だんしゃらない、だんしゃり、だんしゃる、だんしゃれば、だんしゃろう。語尾がラ行で終わる言葉は勝手に動詞扱いにして遊べて面白い。ダンシャラーなんて名乗って見るのも面白いかも。

限られたモノを大事に使うようにしているのは、こぶり主義の私も心掛けていること。ただ、使ってないモノを捨てられなかった。その弊害は分かるんだけど。

しかし、娘の成人式に向けて妻の実家から振り袖が我が家に届き、いよいよ場所が無くなった。それで、遅まきながら断捨離を始めてみた。

現在、ゴミ袋が目の前に2つ、ベランダに2つ、家の外の廊下に2つ、息子の部屋に1つ(以上、妻と娘の働き)、アルト君には、スキー3組、ガスファンヒーター、一輪車、ビーチパラソル、が明日クリーンセンターへ持ち込む為に積まれている(以上、私の働き)。これだけ整理しても見た目は殆ど変わらない。でも、荷物が発する圧迫感が少し和らいだ気がする。これからも続けよう。

モノが何で溜まるのか。それは、将来使うかも知れないからとっておく、という思想。断捨離は、今を大切にする。将来の為に奪われている今を取り戻す。

そう言えば、人付き合いの話になるが、一期一会という思想がある。人の運命の頼りなさを知り、今を大切にせよ、という教えとばかり思っていたが、これは人付き合いの断捨離でもあると思う。人の繋がりが増えすぎたら身動きが取れなくなる。付き合いを敢えてそれきりと思う事でそんな事態を避ける知恵ではあるまいか。

断捨離って要らないモノを捨てる事だけど、その考え方はモノだけでなく、ヒト(付き合い)、カネ、ジカン(予定)でも同じだ。お金を溜め過ぎたら、自分で使えないお金の管理に人生を奪われる。時間を有効に使おうと予定を目一杯入れれば自由のない人生が待っている。

必要最低限だけ残して全部捨ててこそ「ゆとり」を得ることが出来る。

そう書いては見るものの、お金は余分に持ってこそ「ゆとり」じゃないのか? という疑問も湧いてくる。必要最低限より溜め込んでしまったらしい現状をどうするのか、模索は続きそうだ。

2015年2月22日日曜日

息をのむほどシンプル

投稿タイトルは、本日の日経新聞の読書欄にある「ジョナサン・アイブ」という作品を紹介する冒頭の言葉だ。

日経新聞は日曜日が一番いい。無駄な株価欄が無いから。今時の投資家でネットで情報も取れない者がいるとは思えない。時間遅れの個別株価や投信の個別基準価格を貴重な紙面何枚も割いて載せる意味がどれだけあるのか、日経には真剣に検討して貰いたい。

日曜日には株価欄がないから文化欄が充実する。読書欄に美術欄。平日だって、紙面の最後は文化欄だし、夕刊は多彩なコラムが面白い。投資やるなら日経でしょ、と思って取り始めたけど、意外と文化欄が充実していて、それが今でも取り続けている大きな理由だ。

それで本の話に戻るが、ジョナサン・アイブはアップルのトップデザイナーである。その書評の中に、
…ジョナサンが製品の形だけでなく、実用性や使い勝手はもちろん、中に収められた部品を全て計算し、その上に、製造過程までを想定してデサインしていた…
という説明がある。そうなのだ。本当にシンプルである為には、何が必須で何が不要なのかを熟知した上でデザインしなければならない。 形だけのシンプルさでは、必要な要素が抜けていて使えなかったり、或いは単純なだけで無駄な部分が削られてなかったりする。

それは自家用法人でも当てはまる。目指すは息をのむほどシンプルな会計帳簿と申告書類。完全に趣味の領域なんだから、仕訳を一つでも少なくしたい。書類も一枚でも少なく。

税理士の指導は真逆である。経費は一円でも多く計上すべし。使える引当金は最大限利用すべし。会計は複雑怪奇に。その方が自分の報酬も増えるし。その指導は企業会計基準に沿っていて、利益を最大化するためのもので、一般的に言えば間違いではない。

しかし、自家用法人は違うのだ。会計と申告は法を守るために最低限必要なことだけ。税務署が認める限り最大限に簡素化する美学を追求してみよう。

そうすると、経費を計上する必要は全くない。明らかに必要な経費でも社長がポケットマネーで支払って大丈夫。なぜなら、それで法人の所得が増えるから。税務署は所得が増える方には寛大で、減る方には厳しい。引当金もそう。それは合法的に所得を一時的に減らす(計上した時か増加させた時だけ)訳だから、計上しなくても大丈夫。

しかし、法人税等も社長のポケットマネーで払いましょう(記帳せず)、と言うのは脱税になる(と思う)。

まず、法人税等は税法上は経費じゃないから、社長のポケットマネーで支払っても会社の所得は増えない。そして、法人税等は課税された後に残った利益(もしくは会社の借入金)から支払うのが正しい。

そうしてから法人税等の額を後で会社に贈与しても、最初から社長のポケットマネーで支払う場合と残る資産の額は同じにならない。贈与分に課税された後の金額が法人税額等になるには余分に贈与が必要になる。この差額が脱税に当たるはずである。(税務署には確認してないが)

形だけのシンプルさの怖さだ。

2015年2月21日土曜日

事業で儲けることへの未練

会社への貸付金が増大していくのを食い止める別のやり方もある。債務免除という方法だ。

そうすると、会社の借入金が減った金額だけ債務免除益が発生するけど、過去の欠損金の繰越額と相殺すれば課税されない。しかし欠損金の繰越額を減らすとなると、将来、もし儲かった時の利益と相殺できずに課税されてしまう。

それで決定が先延ばしされてきた。しかし、繰越期間を過ぎてしまうと、その赤字額はもう補填には使えない。事業開始年の赤字はそろそろ繰越期間が過ぎようとしている。

自家用法人の経営を趣味と標榜するならば、その法人を使って事業で儲けようとする必要は無いはず。よし、もう未練は断ち切ろう。来期の決算では欠損金の繰越を一掃しよう。そして、来期から所得額も丁度ゼロになるように毎年債務免除していこう。

所得を丁度ゼロにすれば、税引後利益は払った税金の分だけ赤字だけど、年間82,000円だから、私が引退する頃まで債務超過にならない。

2015年2月20日金曜日

我が社の問題点

今日は給料日かつ子供達への仕送り日だった。申告を済ませて肩の荷が下りたので、今後暫くは会社の事について書こうと思う。

まずは現時点での反省点。極力小さく、手間の掛からない会社という目的は達成していると思うものの、赤字続き(創業以来、売上ゼロだし)で累積債務が毎年増加しているのが問題。まるで今の日本の財政と同じ。赤字法人の申告はお気楽という投稿を先日してしまったけど。

それがなぜ問題なのか。欠損金の繰越の書類を出すのが面倒(提出は任意だが、出さないと後日黒字になったときに欠損金と相殺してもらえない)なのと、会社への貸付金が増え過ぎてはいけない(相続の時に資産としてカウントされるから相続人に迷惑)からである。税引後利益が僅かに黒字で中間申告が不要な決算だと理想的だ。

中間申告が不要になるのは法人税額が20万円以下という条件。その為には所得金額が約133万円以下であること。一方、税引後利益が黒字となるには、均等割額8万2千円と所得に比例する税(地方税、事業税など全部あわせて税率24%とする)を考えると約11万円以上の所得が必要である。

現在は経費を年間約80万円使っている。経費の増加はないとして、年間90万円以上の収益が必要らしい。しかし、何か事業を始めなくても会社名義で投資すれば実現は出来そうである。しかも、国内株の配当金の5割は益金不算入(会社への貸付金が無利子の場合)になるから、所得は赤字でも税引後利益は黒字という夢の状態も不可能ではない。

実は、会社を作る目的の一つとして会社名義の投資を考えてはいた。だけど、会計と申告の手間が増えるから二の足を踏んでいたのだった。さて、どうするべきか?