しばらく妻の実家に行ってた。息子に会うためである。息子は、関東地方で開かれた学生の学術交流会に参加するため、滞在していたのだ。研究発表はしないけど、来年は息子の在学する大学が幹事校になるから見学するのだとか。しかし、来年大学院生になれるのか…。
しかし、異常に涼しかった。行く前の週間天気予報では30度を少し下回る位の予想気温だったのに、実際は20度を僅かに超える程度であった。7月に旅行した時も寒かった。私は雨男ならぬ低温男なのだろうか。
さて、今日は妻と一緒にパスポートの申請に行ってきた。娘の留学中にタイに旅行する為の、第一歩である。前のパスポートは5年も前に期限が終わっていた。
タイは11月頃から雨季が終わって旅行に適した時期となる。しかし、娘は12月中に帰国するからタイに行く時期は絞られてくる。その期間でエアもホテルも安いのは何時か。個別に手配するのとパック旅行のどっちがいいのか。バンコクの他にビーチリゾートにも行くとしたら、どこが良いのか。これから検討していかねばならない。
所で、今タイと言えば爆弾テロである。かなり安全な国だと思っていて、安心して娘を留学に送り出したと言うのに。娘の話では、タイの爆弾テロの後で(命令で)帰国することになった欧米からの留学生が多数いたとか。しかし、犯人が捕まったとは言え、まだ全員捕まえた訳ではないので安心は出来ないが、それでも銃が野放しの米国よりはましだと思っている。彼の地では一人撃ち殺された程度では国際ニュースにならないから。
一番安全だと思っていた日本でも、しかも出歩かなくても、家に飛行機が激突して死ぬこともある。ある程度安全に気をつけて行動し、後は運だと思って無意味に心配しないのが一番である。
そう言えば、娘からATMで15,000バーツ下ろしたとの連絡が入った。円で5万円ちょっとになる。キャッシングの利用限度額をネットで確認したら21万円が15万円に下がっていた。一万円単位で表示されると初めて知った。それで、今日銀行にも寄って繰り上げ返済を試みたが「タダイマ オトリアツカイ デキマセン.」との事だった。
以前、カード会社に問い合わせた時には即日繰り上げ返済が可能なように答えていたのに、利用限度額から言って情報はカード会社に伝わっているはずなのに、上手くいかない。まあ、利子を払っても大した額ではないのだが。そのためにアタフタするのも馬鹿げているとは思うが、実際にやってみて結果をブログを読んでいる人に知らせる事には価値があるかもしれない。
それと、利用に際して表示されたATMの利用料180バーツが実際にかかるのかどうか。以前はそれを実際に徴収すると利息制限法で定める利息を超えてしまうから出来なかったという事情があったらしいのだが、2010年に利息制限法の改正があって、ATM利用料(利息とみなされない費用:ATM等手数料一万円以下の額108円、一万円を超える額216円)は利息に含めない事になってから、徴収するかどうかの対応はカード会社によって異なるらしいのだ。この顛末は後日報告したい。
2015年8月23日日曜日
グロービッシュの研究
図書館にグロービッシュの本があったので借りてきた。グロービッシュとは、Global English からの造語で、英語から難しい単語や慣用表現を除いたものである。
英語をコミュニケーションの道具とするにしても、英語を母語とする者達と同じ土俵でやりたいのなら膨大な時間を英語の勉強に費やさばならない。一方、グロービッシュの勉強には終りがある。単語数も限りがあるし、難しい文法も使わない。英語を母語とする者達にはグロービッシュの土俵に降りてきて貰えば良いのだ。
まあ、こんな考えは昔から幾度と発表されていて、また実際に使われている。例えば、私が今使っている電子辞書にも入っている、OALD (Oxford Advanced Learner's Dictionary of Current English)では語彙の説明を 3,000語の範囲内でしている、という話だ。
それで、グロービッシュの単語数は 1,500語である。これなら全部覚えてみようかという気にもなる。まあ、殆どの単語は既に知っているはずだし。また、これなら発音に関する規則がどの程度成り立っているのか実際に調べてみる気にもなる。
因みに、綴りが gi と ge で発音が「が行」の単語が幾つあるのか調べてみたら、全部で12語あった。
答えは、target である。超基本単語の get と同じ綴りの部分を「ゲット」と読まずには居られなかったのでは? というのが原則から外れた理由ではないか、と思っている。
英語をコミュニケーションの道具とするにしても、英語を母語とする者達と同じ土俵でやりたいのなら膨大な時間を英語の勉強に費やさばならない。一方、グロービッシュの勉強には終りがある。単語数も限りがあるし、難しい文法も使わない。英語を母語とする者達にはグロービッシュの土俵に降りてきて貰えば良いのだ。
まあ、こんな考えは昔から幾度と発表されていて、また実際に使われている。例えば、私が今使っている電子辞書にも入っている、OALD (Oxford Advanced Learner's Dictionary of Current English)では語彙の説明を 3,000語の範囲内でしている、という話だ。
それで、グロービッシュの単語数は 1,500語である。これなら全部覚えてみようかという気にもなる。まあ、殆どの単語は既に知っているはずだし。また、これなら発音に関する規則がどの程度成り立っているのか実際に調べてみる気にもなる。
因みに、綴りが gi と ge で発音が「が行」の単語が幾つあるのか調べてみたら、全部で12語あった。
anger begin finger forget forgive get
gift give girl hunger target togetherそれら全てがゲルマン系の単語である、というのが私の説だったのだが、実は一つだけ仏語由来のものがあった。どれかお分かりか?
答えは、target である。超基本単語の get と同じ綴りの部分を「ゲット」と読まずには居られなかったのでは? というのが原則から外れた理由ではないか、と思っている。
単語に数字がない、月の名前がない、曜日の名前もない
さて、この 1,500語を眺めていると超基本的な単語なのにリストに含まれていないことに気がついた。これは一体どうしたことだろう。旅行英語で(そして、ビジネスでも)最も必要なのは、金額、時間、場所、を示す単語だと私は思っている。数字、月、曜日の単語が無ければ、その内の金額と時間が示せないではないか。
これらの単語をグロービッシュに加えてみる。0 から 19 迄で 20語、20 から 90 迄で 8語、百と千と百万と十億と兆で 5語、月の名前で 12語、曜日の名前で 7語、合計 52語を追加。(序数の first second third は存在)
まだ、これがないと絶対におかしいという単語があるかもしれないけど、今回はここ迄。
これらの単語をグロービッシュに加えてみる。0 から 19 迄で 20語、20 から 90 迄で 8語、百と千と百万と十億と兆で 5語、月の名前で 12語、曜日の名前で 7語、合計 52語を追加。(序数の first second third は存在)
まだ、これがないと絶対におかしいという単語があるかもしれないけど、今回はここ迄。
2015年8月20日木曜日
ジュラシック・ワールドを観て思ったこと
今日は給料日かつ仕送り日。但し、娘への仕送りは暫くお休み。
子供達の携帯代は基本料は親の負担ということにしていて、通話料その他は仕送りから差っ引くことにしていたけど、大事な用事で電話する事も多いから今迄厳密には徴収してこなかった。
だけど、最近になって息子がドコモのdTVというサービスを利用し始めたと知ったので、今月の仕送りから遡って3ヶ月分の代金、1,500円引いて送金しておいた。
それから、今週、社会保険事務所から標準報酬決定通知書なるものが送られてきた。これは7月初めに提出した平均報酬月額に対して、どのランクの報酬と認定したのかの結果を知らせるもの。
健康保険については 5万8千円、厚生年金については 9万8千円、が私の標準報酬である。どちらも実際の給与よりも高いのだが、これが最低ランクの金額なのだからしょうがない。まあ、厚生年金に関しては 保険料は高くなるけど それだけ年金も増えるのだから良い面もあると思うけど。
では、今回の本題。
月曜日に夫婦でジュラシック・ワールドを観に行った。昼得切符の未使用のが今週末の期限なので繁華街に出掛けようという訳だが、混むのは嫌だからお盆休みも過ぎた平日でしかも朝一番の上映を狙ったのだ。(昼得切符は帰りにしか使えなかったけど)
案の定すいていた。夫婦50割引という制度を利用したけど、3D映画には追加料金がかかって2800円になる。3Dメガネを掛けてちゃんとした映画を観るのは初めての経験。最初は浮き上がって見えてたけど、いつの間にかそんな事は全く意識しなくなった。追加料金払ってまで観る程のものでもないなあ、というのが私の意見。妻はメガネをかけて映画を観たので疲れたと言っていた。
22年前にジュラシック・パークを夫婦で観た時は、息子が生まれる直前だった。この二つの映画のタイトルはネズミのテーマパークを意識して付けたものと思われる。ストーリーは昔のとほぼ同じだが、今回はお客さんが大勢いるところでの大惨事。人間の傲慢と愚かさを見事に娯楽映画で表現したと言えよう。そして懲りないどころか愚かさを増幅させている所を描いているのは前回作があっての事。
そして、立派に見える防御システムが実にあっさり破壊されていく様は、まるで福島原発の事故を見るようだった。安全の為には想定外の事故がたとえ幾つか重なっても大丈夫なように用意せねばならぬ。この心構えは人生のあらゆる場面(例えば、投資、住まい、車の運転など)で活かされることだろう。
子供達の携帯代は基本料は親の負担ということにしていて、通話料その他は仕送りから差っ引くことにしていたけど、大事な用事で電話する事も多いから今迄厳密には徴収してこなかった。
だけど、最近になって息子がドコモのdTVというサービスを利用し始めたと知ったので、今月の仕送りから遡って3ヶ月分の代金、1,500円引いて送金しておいた。
それから、今週、社会保険事務所から標準報酬決定通知書なるものが送られてきた。これは7月初めに提出した平均報酬月額に対して、どのランクの報酬と認定したのかの結果を知らせるもの。
健康保険については 5万8千円、厚生年金については 9万8千円、が私の標準報酬である。どちらも実際の給与よりも高いのだが、これが最低ランクの金額なのだからしょうがない。まあ、厚生年金に関しては 保険料は高くなるけど それだけ年金も増えるのだから良い面もあると思うけど。
では、今回の本題。
月曜日に夫婦でジュラシック・ワールドを観に行った。昼得切符の未使用のが今週末の期限なので繁華街に出掛けようという訳だが、混むのは嫌だからお盆休みも過ぎた平日でしかも朝一番の上映を狙ったのだ。(昼得切符は帰りにしか使えなかったけど)
案の定すいていた。夫婦50割引という制度を利用したけど、3D映画には追加料金がかかって2800円になる。3Dメガネを掛けてちゃんとした映画を観るのは初めての経験。最初は浮き上がって見えてたけど、いつの間にかそんな事は全く意識しなくなった。追加料金払ってまで観る程のものでもないなあ、というのが私の意見。妻はメガネをかけて映画を観たので疲れたと言っていた。
22年前にジュラシック・パークを夫婦で観た時は、息子が生まれる直前だった。この二つの映画のタイトルはネズミのテーマパークを意識して付けたものと思われる。ストーリーは昔のとほぼ同じだが、今回はお客さんが大勢いるところでの大惨事。人間の傲慢と愚かさを見事に娯楽映画で表現したと言えよう。そして懲りないどころか愚かさを増幅させている所を描いているのは前回作があっての事。
そして、立派に見える防御システムが実にあっさり破壊されていく様は、まるで福島原発の事故を見るようだった。安全の為には想定外の事故がたとえ幾つか重なっても大丈夫なように用意せねばならぬ。この心構えは人生のあらゆる場面(例えば、投資、住まい、車の運転など)で活かされることだろう。
2015年8月17日月曜日
アルファベットについての雑学
英語を書くのに用いているのはアルファベット。ローマ字とも呼ばれるこの文字は、名前通り古代ローマの公用語であるラテン語を書くのに使われていたもの。
私は、ひょんな事からラテン語を勉強したので、英語を專門に勉強してきた先生方でも知らないような英語の勉強がちょっと楽しくなるアルファベットについての雑学が語れるかも知れない。
ローマ帝国が西欧を制覇するよりもはるか昔、ローマ人の祖先がローマ近郊に定住した頃、そこにはエトルリア人と呼ばれる人々が住んでいた。文字を持たなかったローマ人の祖先達はエトルリア人から文字を教わり、これを自分たちの言語(ラテン語)を書き表すのに使うようになった。エトルリア人はギリシア文字から自分達の文字を作ったらしい。
しかし、このエトルリア語には語頭の有声閉鎖音( b、d、g 等)がなかった(韓国語と同じ!)ので、このガンマをエトルリア人たちは k の音価の文字として使っていた。ガンマは、もっと古くは「く」のような形で、それからエトルリアの方では c の形に変化したらしい。
ラテン語には g の音価があったので、ローマ人はこの c の文字を g と k の両方の音価の文字として使った。人名を略記する際、Gaius と Gnaeus はそれぞれ C. Cn. と書くのが習わしとなっているのがその名残である。
しかし、これでは不便だということで、"C" に横棒を加えて ”G” の文字を作り(まるでカナに濁点を加えるように)、両者を使い分けることにした、という事である。因みに、ローマ帝国全盛の頃は大文字しかなかった。小文字はずっと後の時代、修道院僧が写本する際に書きやすいように作り出されたそうである。
だけど、ローマ人達は、何故 k の文字を利用しようとしなかったのか。彼らはその文字も音価も知っていたというのに。僅かに、Kalendae (月初めの日)、Karthago (カルタゴ というローマにとって宿敵の都市)という言葉のみに使われた、と言うから、あるいは神聖な文字か不吉な文字と思っていたのかも。
この、k の文字は使わない、という伝統はそのままラテン語の末裔、フランス語、イタリア語、スペイン語などにも受け継がれ、そして、英語でも。
英語で k が綴りに入っていれば、ほぼ間違いなくその言葉はゲルマン系なのである。ノルマン仏語やラテン語から取り入れた言葉ではない。
それから時代が下って、c と g は後ろに i と e の母音が来ると音価がそれぞれ s と j に変わるように変化した(「カ、キ、ク、ケ、コ」が「カ、セィ、ク、セ、コ」に、「ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ」が「ガ、ヂ、グ、ヂェ、ゴ」に)。
この伝統も英語は受け継いでいるから、get 「ゲット」や give 「ギブ」等は発音からラテン語系ではない、つまりゲルマン系の言葉だと分かる。じゃあ、ゲルマン系は ce や ci を「ケ」や「キ」って発音するかというと、そんな発音は英語にはないし。ラテン語学習者でしかそんな発音したことないはず。ゲルマン系の言葉なら(「ケ」や「キ」に限らず) k を使っている。
日本語で「い」と「う」との後に母音が来た時には子音のように振る舞い、それぞれ「や」行と「わ」行の音になるように、ラテン語でも i と v は後ろに母音が来ると子音として振る舞うが文字に区别はなかった。しかし、これも時代が下り、i からは j が作られ、v からは u が作られ、母音と子音は別の文字を使って読み易くするようにした。
この時、v は現代の w の音価、j は現代の y の音価だったが、時代が下り発音が変化した。それどころか、「母音の前だけ」という原則を忘れて、すっかり子音になってしまい、vivre (生きる、仏語)とか reloj (時計、スペイン語)とかの綴りが出来たり(音価が変化したのだからそれでも良いんだけど)する。
しかし、英語だけは原則に忠実なのだ。英語で j と v の後に母音字の無い綴りは外来語を除けば私の知る限り、存在しない。尤も、その原則の為に不要な母音字が追加されて迷惑なこともある。例えば active は最後に読まない e があるから「エャクタイヴ」と思いきや「エャクティヴ」なのである。しかし、activ という綴りは英語では許されないのだ。
但し、j の方は語尾には使われることがなく、その音価は -dge の形で綴られる。だから、当然に j で終わる単語もないけど。蛇足ながら、j のラテン語時代の音価は発音記号に残っている。例えば、yes [jes]となっている。
そして、w の文字はラテン語では使わない。これは英語を書き表すのに新たに作られた文字なのである。しかし、v が二つくっついた形でも「ダブルヴィー」ではなく、「ダブルユー」と呼んでいるのは u と v が同じ文字だった名残だろう。「ワ」行の子音としてだけでなく、u の代わりの母音字としても使われている。
それから、ラテン語での y はギリシア語由来の語を書くために用いられた母音で、「イ」と「ウ」の間の音(「ユ」のように聞こえる)を表す。英語では、w と同様に「ヤ」行の子音としてだけでなく、i の代わりの母音字としても使われている。だから、この文字は母音の音価の方を採って「ワイ」と呼ぶのだろう。
この理由を探るには、ラテン語の末裔たちを調べるに限る。何せ、仏語、スペイン語、イタリア語など、それらの言語では h は発音しないのだから。(英語でも、語頭の h 以外は発音しないけど。)
発音しないのに、何で綴りに使われているのかというと、かつては発音され綴りに含まれていた場合と子音と結合して別の音価を表す場合がある(それに、仏語の場合は h が在ることでリエゾンしない"場合が"あるけど)と分かる。そして、この文字の呼び方は c と結合した時の発音を表している、というのが私が作った説。
私は、ひょんな事からラテン語を勉強したので、英語を專門に勉強してきた先生方でも知らないような英語の勉強がちょっと楽しくなるアルファベットについての雑学が語れるかも知れない。
C から G を作る
アルファベットという名前が示しているのはアルファ( Α )、ベータ( Β )、…という文字のセット、つまりギリシア文字から来たもの。で、その3番目の文字はガンマ( Γ )。音価は g と一緒。しかし、アルファベットで3番目は c である。ローマ帝国が西欧を制覇するよりもはるか昔、ローマ人の祖先がローマ近郊に定住した頃、そこにはエトルリア人と呼ばれる人々が住んでいた。文字を持たなかったローマ人の祖先達はエトルリア人から文字を教わり、これを自分たちの言語(ラテン語)を書き表すのに使うようになった。エトルリア人はギリシア文字から自分達の文字を作ったらしい。
しかし、このエトルリア語には語頭の有声閉鎖音( b、d、g 等)がなかった(韓国語と同じ!)ので、このガンマをエトルリア人たちは k の音価の文字として使っていた。ガンマは、もっと古くは「く」のような形で、それからエトルリアの方では c の形に変化したらしい。
ラテン語には g の音価があったので、ローマ人はこの c の文字を g と k の両方の音価の文字として使った。人名を略記する際、Gaius と Gnaeus はそれぞれ C. Cn. と書くのが習わしとなっているのがその名残である。
しかし、これでは不便だということで、"C" に横棒を加えて ”G” の文字を作り(まるでカナに濁点を加えるように)、両者を使い分けることにした、という事である。因みに、ローマ帝国全盛の頃は大文字しかなかった。小文字はずっと後の時代、修道院僧が写本する際に書きやすいように作り出されたそうである。
だけど、ローマ人達は、何故 k の文字を利用しようとしなかったのか。彼らはその文字も音価も知っていたというのに。僅かに、Kalendae (月初めの日)、Karthago (カルタゴ というローマにとって宿敵の都市)という言葉のみに使われた、と言うから、あるいは神聖な文字か不吉な文字と思っていたのかも。
この、k の文字は使わない、という伝統はそのままラテン語の末裔、フランス語、イタリア語、スペイン語などにも受け継がれ、そして、英語でも。
英語で k が綴りに入っていれば、ほぼ間違いなくその言葉はゲルマン系なのである。ノルマン仏語やラテン語から取り入れた言葉ではない。
それから時代が下って、c と g は後ろに i と e の母音が来ると音価がそれぞれ s と j に変わるように変化した(「カ、キ、ク、ケ、コ」が「カ、セィ、ク、セ、コ」に、「ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ」が「ガ、ヂ、グ、ヂェ、ゴ」に)。
この伝統も英語は受け継いでいるから、get 「ゲット」や give 「ギブ」等は発音からラテン語系ではない、つまりゲルマン系の言葉だと分かる。じゃあ、ゲルマン系は ce や ci を「ケ」や「キ」って発音するかというと、そんな発音は英語にはないし。ラテン語学習者でしかそんな発音したことないはず。ゲルマン系の言葉なら(「ケ」や「キ」に限らず) k を使っている。
「ブルガリ」のロゴは BVLGARI
私は高級ブランドの「ブルガリ」の製品を持っている訳じゃないけど、新聞の広告を見てオッと思った。BULGARI の間違いでは? じゃなく、気取っているな、と。ラテン語を勉強していれば分かる。古くは U の文字はなく、V を使っていたと。(以下の話は小文字で)日本語で「い」と「う」との後に母音が来た時には子音のように振る舞い、それぞれ「や」行と「わ」行の音になるように、ラテン語でも i と v は後ろに母音が来ると子音として振る舞うが文字に区别はなかった。しかし、これも時代が下り、i からは j が作られ、v からは u が作られ、母音と子音は別の文字を使って読み易くするようにした。
この時、v は現代の w の音価、j は現代の y の音価だったが、時代が下り発音が変化した。それどころか、「母音の前だけ」という原則を忘れて、すっかり子音になってしまい、vivre (生きる、仏語)とか reloj (時計、スペイン語)とかの綴りが出来たり(音価が変化したのだからそれでも良いんだけど)する。
しかし、英語だけは原則に忠実なのだ。英語で j と v の後に母音字の無い綴りは外来語を除けば私の知る限り、存在しない。尤も、その原則の為に不要な母音字が追加されて迷惑なこともある。例えば active は最後に読まない e があるから「エャクタイヴ」と思いきや「エャクティヴ」なのである。しかし、activ という綴りは英語では許されないのだ。
但し、j の方は語尾には使われることがなく、その音価は -dge の形で綴られる。だから、当然に j で終わる単語もないけど。蛇足ながら、j のラテン語時代の音価は発音記号に残っている。例えば、yes [jes]となっている。
そして、w の文字はラテン語では使わない。これは英語を書き表すのに新たに作られた文字なのである。しかし、v が二つくっついた形でも「ダブルヴィー」ではなく、「ダブルユー」と呼んでいるのは u と v が同じ文字だった名残だろう。「ワ」行の子音としてだけでなく、u の代わりの母音字としても使われている。
それから、ラテン語での y はギリシア語由来の語を書くために用いられた母音で、「イ」と「ウ」の間の音(「ユ」のように聞こえる)を表す。英語では、w と同様に「ヤ」行の子音としてだけでなく、i の代わりの母音字としても使われている。だから、この文字は母音の音価の方を採って「ワイ」と呼ぶのだろう。
H は何故「エイチ」と呼ぶ
アルファベットの各文字は大抵その文字の音価が含まれている。しかし、英語では、h に関してはその原則に当てはまらない。例えば、ドイツ語では h は「ハー」、k は「カー」である。そうであれば、 h を「ヘイ」と呼べば k が「ケイ」であるのと釣り合うのだが、実際は「エイチ」だ。この理由を探るには、ラテン語の末裔たちを調べるに限る。何せ、仏語、スペイン語、イタリア語など、それらの言語では h は発音しないのだから。(英語でも、語頭の h 以外は発音しないけど。)
発音しないのに、何で綴りに使われているのかというと、かつては発音され綴りに含まれていた場合と子音と結合して別の音価を表す場合がある(それに、仏語の場合は h が在ることでリエゾンしない"場合が"あるけど)と分かる。そして、この文字の呼び方は c と結合した時の発音を表している、というのが私が作った説。
- 「アッシュ」、仏語 ache
- 「アチェ」、スペイン語 ache
- 「アッカ」、イタリア語 acca
これらの最初の a は、いづれも前置詞の a だと勝手に解釈している。これは色んな意味を持つが、「~に」という意味ならピッタリだ。
しかし、イタリア語の場合、ch の組み合わせは chi 「キ」と che 「ケ」だけである。だから私の説なら h の呼び方は achi 「アキ」か ache 「アケ」でないと困るのだが。
とにかく、英語は仏語の影響が一番大きいと思われるので、仏語でうまく行っているから良しとする。前置詞も英語の to とか for とかに替えずに a のまま。それで、
- 「エイチ」、英語 ache
なのである。語末に読まない e があるから、その前の a は開音節の「エイ」と呼び、ch の読みは英語では「チ」なのだから。
2015年8月16日日曜日
日経特集記事の空虚さに愕然
本日の日経新聞の特集面(7ページ)に大きな見出しで、
アホか。どんな辺境の地に住んでいても、行政上「市」だったら都市部なのか。それだったら、都市集中社会って市町村の合併の事ですか、と思う。数字を鵜呑みにするバカに紙面のこんなに大きな場所を任せるって、日経よ、大丈夫か?
引っ越さなくなった日本人という話も、ピーク時からほぼ半減というだけの事。引っ越しをよくする年代の人口もほぼ半減しているのだから、果たしてその見出しは妥当なのか大いに疑問だ。
しかし、本当に空虚なコーナーだ。日経は、そのデータを元にして何か言いたいことはないのか。大事な紙面を使ってもっと意味のある事を読者に伝えようとは思わないのか。これだったら、こぶり主義の投稿でも載せた方がよっぽどましだ。
まあ、新聞に書いてある事でも鵜呑みのせず、自分の頭で考え分析する事が大切であるという教訓にはなった。
- 都市にますます密集
- 引っ越さなくなった日本人
と書いてある。データディスカバリーというコーナーで紙面の2/3も使って何やらグラフが書いてある。で、次のページをめくってみる。当然、詳しい内容が載っていると思って。
しかし、そこには健康器具の全面広告があるだけだった。おかしいな、と思ってページを戻す。そこには常識を疑う内容が書かれている。
国連の予測では、日本は2050年にシンガポールや香港に続く、都市集中社会になる見通し。そして、「日本の都市部に居住する人口の割合」 として2050年の予測値 97.7%と書いてある。ほんまかいな。一体、都市部ってどういう定義なん? と思って紙面を眺め回すと小さく書いてあった…全国の市(東京都特別区部を含む)に住む人の割合、らしい。
アホか。どんな辺境の地に住んでいても、行政上「市」だったら都市部なのか。それだったら、都市集中社会って市町村の合併の事ですか、と思う。数字を鵜呑みにするバカに紙面のこんなに大きな場所を任せるって、日経よ、大丈夫か?
引っ越さなくなった日本人という話も、ピーク時からほぼ半減というだけの事。引っ越しをよくする年代の人口もほぼ半減しているのだから、果たしてその見出しは妥当なのか大いに疑問だ。
しかし、本当に空虚なコーナーだ。日経は、そのデータを元にして何か言いたいことはないのか。大事な紙面を使ってもっと意味のある事を読者に伝えようとは思わないのか。これだったら、こぶり主義の投稿でも載せた方がよっぽどましだ。
まあ、新聞に書いてある事でも鵜呑みのせず、自分の頭で考え分析する事が大切であるという教訓にはなった。
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