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投資の出口戦略で「金」を売却する

最近、金が値上がりしている。先日、100g売った時の値段から又上がったので、昨日も100g売ってみた。

子供達が大学に入れば、我が家の投資は貯め時から使い時に舵を大きく切る筈だった。株を売り、金も売り、授業料や仕送りで不足する分を賄う筈だった。

ところが、満期の債券で高配当の株を買い増ししたら、意外にも配当金だけで何とか間に合ってしまった。金を定期的に売るとブログに書きながら、ちょっと売った後に相場が下がると、もう売るのを止めてしまった。売らなくても何とかお金は足りたから、前に売った金額を下回ってまで売る元気が無かった。

子供達が2人とも国立大学に入ってくれたし、仕送りも無駄に使わなかった御蔭だろうけど、それで安心していては駄目なのだ。我が家にとっては、新たな需要を作り出してでもお金を使う時だ。

お金は使ってこそ価値がある

お金を貯めるのは、お金が必要な時にお金を使えるようにする為である。必要なお金が使えないのは不幸だから。私にとって必要なお金とは衣食住や教育・医療費であって、その他にはお金は無くても困らない。だから、それに備える分以外は使ってしまって構わない。そして、使えるお金を使わないでやりたい事を我慢したままだったら、きっと後悔しながら死ぬだろう。

しかし、頭ではそのように理解しているが、長年の節約生活で必要なお金以外はなるべく使わない癖になっていて、必要でないお金を使うのは実際にはなかなか難しい事だ。

それでも、家賃の(やや)高いマンションに引っ越して、毎日の買い物も値段より質の方針でそれなりに消費を増やしてきた。

それから、子供達の大学に寄付金を送ったり、マンションの自転車置場の空気入れ…マンションの備品ではないが誰でも使えるようになっている…が壊されて多くの人が困っているから部品を買って交換したり。(僅か数百円でいい気なものだが)

物やサービスにお金を使う時も、良い仕事をしている業者を応援する積りなら高いと思わないし、お金を使う気分も良い。…という風に節約一辺倒だった私にも変化が出てきた。

株と金の税の違い

ところで、今年、私は還暦になる。それで気付いたのだが、63歳になったら厚生年金が受給出来る。何も貰わないのは再来年迄。そして、子供達が扶養親族なのは今年限り。

そして、金を売った利益に掛かる税金は譲渡所得になって、総合課税の対象になる。そうなると、課税されずに多量の金を売れるのは今年限りだし、やや多量の金を売れるのも再来年迄なのだった。一方、(特定口座の)株の売却益は源泉分離課税で勝手に差し引かれているので気にしない事にしている。

但し、譲渡所得には譲渡益から50万円の控除があるので、所得にならない程度に少量の金を毎年売っていく事は年金を貰うようになっても出来る。報酬月額が最低ランクの私の年金は少ないだろうから、そのような毎年の金売却益は老後の頼りになると思う。ただ、現在の持ち高だとそんなやり方では私が生きている内に売却し終える事は無い。
株の譲渡益はどれ程沢山売っても税率は一定である。だから、高値の時にドカンと売るのに適している。一方で、金は譲渡所得の控除額と総合課税で累進課税になる関係から、毎年少量づつ売っていくのに適している。こうした税金面の違いも分散投資先の参考になるだろう。
勿論、多量に売ったとしても、金は5年以上所有しているのだから長期譲渡所得となって、譲渡益から50万円控除し更に1/2にしたものが譲渡所得とされるので、税金と言っても大した額ではない。

だから、自分で払う税金を減らすのに頭を使う一方で、源泉徴収される税金はお構いなし、というのは他人の目で見れば馬鹿げている、と思う。でも、税金を沢山納めて社会の役に立ちたいという思いと、節税の為に知恵を絞るのを面白く思うのとのバランスで、これが私にとっては一番心地よいやり方なのだ。

現金保有高

そんな訳で、課税されないで金を沢山売却出来る再来年迄に、なるべく多く売っておこうと思う。それに、来年以降は教育費が浮く。それらを再投資しないで使っていくのだ。

私は、リーマン・ショックなどの過去の経験から、市況が落ち込んでも3年待てば回復すると信じている。だから、適正な現金保有高を3年間で消費する生活に必要な金額と決めている。そうすれば、投資による収益が3年間途絶えても焦って資産を売却しなくて済む。

そして、投資を志す人に対してもそれを勧める。逆に言えば、その額以上の現金…勿論、預金も含んで…を持って初めて投資する資格があるものと信じる。(即ち、住宅ローンを抱えている人が投資をするのには反対である。) …但し、確実に見込める収入がある場合は現金保有高はそれよりも少なくて大丈夫。
節約の術を身につけることは、余剰資金を産む事と生活に必要な金額を低く出来るという二重の意味で「投資をする資格を得る」のを早められる。
私を縛っている3年分のルールを超えた現金をどれだけ消費していけるのか、その知恵と勇気があるのか…自分でも興味深い実験である。