息子が大学を卒業

先日、息子の通う大学で卒業式が行われた。昨日、卒業生達と一緒に息子の写っている写真がLINEで送られてきた。どうやら本当に4年で卒業したらしい。

大学院に合格していても卒業出来なければおじゃんになる。大丈夫だろうとは思っていたけど、これで安心した。まだ社会人になる迄しばらくかかるけど、これでまた一歩親から離れた訳だ。

中学を卒業してからの息子の進路は、親から助言はあったけど彼自身が決めた事だ。子供達が良いと言われる大学に進めば私も嬉しいけど、その為に進学を勧めた訳じゃない。自分の人生を自分で考えて歩む人になって欲しいという親の願い、それを学ぶのに相応しい場所として進学を勧めたけど、それを受け入れる事も彼自身が決めた事だ。

高校も大学も何処を受けるかは彼自身で決めた。高校受験では中3の秋から週1回の塾に行かせただけ、大学受験では塾にも行かず現役で第一志望に合格したのには驚いた。(娘も同じく) そんな子供達を誇らしげに思うと同時に、自分達の子育てをちょっと自慢したい。

帰省している娘が、普通の家にあって我が家に無いものに付いて友達とお喋りした時の事を話していたけど、学習机と鉛筆削りの無いことが珍しがられたそうだ。学習机は家が狭かった事もあるけど親の隣で勉強するのが良いと思っていたから買わなかった。鉛筆削りも必要とは思わなかった。私がカッターナイフで削ってやれるから。それを習慣にしていたら、子供達もいつの間にか自分で削れるようになっていてビックリした。

どちらも娘が小さい頃は皆が持っているからと欲しがっていたけど、今は無くて良かったと言っている。塾も行かない子の方が珍しいけど、塾にかかる時間が学習の妨げになる場合だってあるし、塾が宣伝するほどは必然ではないはず。我が家は親が勉強を見てあげる時間があったので一般的とは言えないけど、娘に聞いても塾に行かなかった少数派の方が良いと言われる大学への合格率は高かった。

宣伝に乗せられてお金を出すだけが子供に対する教育の親の役目では無いと、今迄の経験から確信している。ほんの少しでも子供の勉強に親が直接関わる方が単にお金を出すよりもずっと意義深い。それに、教育で大事なのは学校の勉強以上に生き方そのものだ。親は身近で子供達に生きる手本を示す。それこそが一番大事な事だ。子供達は親のやっていることを本当に良く見ている。そして、真似る。

他人を羨まない。バレて恥ずかしいような真似はしない。人の言うことを鵜呑みにせず自分で裏を取る。今思い返して…子供達の前で貫いて来た原則は是位だろうか。子供の教育の原理は単純だ。親が良く生きれば、それだけで良いのだから。