子供達の進路を見守る

3月1日の就活スタートのニュースに、この春大学3年になる娘が焦っている。就職するとなれば、1年先は就活生。大学の友達の多くは既にインターンシップに参加したり、具体的な目標に向かって動いていて、就職か進学かさえも決められない娘は取り残されているように感じているらしいのだ。

大学に行くのは、自分で情報を集め自分で決断できる能力(教養)を身につける為、と子供達に言い聞かせ進学させた。そして、卒業後の進路も、決して世評で決めるのではなく、自分で考えた自分にとって一番良いと思われる道を進んで欲しいと願っている。

子供達には、「大学院に進学したいなら学費は出す」と伝えてあるだけ。と、気取って書いてみたけど、好ましくないと思った方向へ進もうとしたら、それを止めようとするかも。失敗もまた良い経験だとは思うけど、再起不能な大失敗は避けないと。まだまだ親の方が世間を知っているのだから、親の意見の方がほぼ正しいのではないか。

とはいえ、子供達には親の知らない革新的な考えもあるはずで、親の古い考え方でそれを押し潰す訳にも行かない。でも、そんな革新的で正しい考えなら、きっと親を論破するだけの力があるはずだ。だから、やはり親として自分の思う通りに子供達に意見しても良いだろう、と思っている。

今迄の子供達の歩みも、結局は親の意見が反映しているものと思うけど、先が見えないで迷っている時に、前方を照らしてあげただけである。多分、親の思い描く道の方を重点的に照らしたとは思うけど。今回も娘に人生を照らすライトを一つ貸してあげた。

「好きなようにしてください」 楠木 建 著 ダイヤモンド社 2016年2月

Q&Aの形式を取る人生相談風の本だが、答えは殆ど 好きなようにしてください でおしまい。でも、その後で質問者の見方とは全く別の視点からの意見がいくつか示され、更に著者の薀蓄が続くのである。その薀蓄によると、人は自分がやりたい事が何かは分からなくても、やりたくない事は良く分かるのだと言う。だから、やりたくない事だけは避けて行き当たりばったりで生きていくのが良いと。人生は計画通りには決して進まない。

息子の将来も親から見ると全く予測がつかないけれど、今春進学する息子が決めた大学院は私の母校だから文句は言えない。