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2015年8月4日火曜日

父親の出番はかくの如く

日経新聞の私の履歴書は、7月で女優の浅丘ルリ子さんの連載が終わり、8月からは脚本家の倉本聰さんの連載が始まった。まだ幼い頃の逸話が載っているのだが、今日の話は英字ビスケットを万引きした話。

まだ、小学校に入る前の歳だ。その時の記憶が鮮明に残っているのは、きっとおやじさんの対応が見事だったからとしか言いようが無い。

話の大筋はこうだ。母と町までバスに乗って出かけた少年は、お菓子屋さんに寄った際に母が店員と話している隙にAとOの2枚の英字ビスケットをガラスケースの中から取ってズボンのポケットに隠した。帰りのバスの中で少年の怪しい様子に気付いた母に追求され白状した。ここからは原文を引用してみる。
 家に帰ると、両親で善後策を話し合ったのだろう。しばらくすると、おやじが来て「出掛けるよ」とのんびりした口調で言った。説教なんかないままバスに乗った。
 「万引きのこと聞いてないのかな」という淡い期待もむなしく、おやじはまっすぐに菓子屋に向かっていく。店に着くと「英字ビスケットをください」と言った。「いかほど?」「全部。在庫も」「在庫もですか?」「はい」。在庫は「かます」と呼ぶ油紙のでっかい袋にふたつあった。
 おやじは店先のビスケットまで買い占めると「帰ろうか」と言いながらふたつの大袋を肩にかついで歩き出し、帰り着くと袋を納屋に放り込んだ。最後まで説諭はなしだった。 
もし、自分が同じ立場だったらどうしたか、と考える。子供を叱った後、一緒に菓子屋まで行って万引きしたことを謝罪し、代金を払う。それ以上の事が出来るであろうか。

その英字ビスケットは日米開戦後、食糧事情がかなり悪くなった頃に突然おやつに出るようになった。少年は、すっかりかび臭くなったそのビスケットを食べるたびに後ろめたいような懐かしいような不思議な気分になったそうだ。

叱らないでも自分のやったことの意味を分からせる方法がある。しかも、迷惑をかけた店に父親が謝る姿を見せないでちゃんと償っている。その袋の大きさが自分のやったことに対する両親の悲しみを示している。何と見事な対応。