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京都の地名は面白い

今朝の日経新聞で面白いものを見つけた。京都の新築分譲マンションの広告なのだが、注目はその所在地の表示。
京都市中京区寺町通四条上がるより六角下がるまで裏寺町595番
おおぉ~、ここ迄長いのは初めて見た。広告にフリーダイヤルの電話番号が載っていたので、電話して確認してみた。 あのー、今朝の日経新聞の広告にあった京都のマンションですけど、この所在地”京都市…595番”って住民票でも郵便の宛先でも使われますか? はい、そうです。

やっぱり。それに、マンションだったら更に部屋番号も加わるだろうし。面白いけど、ここには住みたくないな。因みに、今住んでいる所は、B市X町 2桁 番 1桁ー3桁 号、というのが住民票上の表示。マンションだから最後に部屋番号が加わっているけど、それでもなお簡潔だから新しい住所は好きだ。

全く、京都の地名は謎である。とは言っても解説してくれるWebのサイトもあって理解は出来る。町名よりも通りの名前。私は地図が好きで京都の市街地もよく眺めているから分かるけど、町名が多すぎるのだ。生粋の京都の人でも町名だけでどの辺りか言える人は少ないのではないか。その点、通りの名前の方がずっと少ない。

ああ、だからか。森見登美彦の小説の中で、子供の時に通りの名前を覚える歌を暗唱した話が出てきた場面があったっけ。

さて、何で通りの名前の方が少ないかと言うと、ひと続きの道はブロック毎に名前が変わることが無いから。その御蔭で道に迷った時も随分と助かる(GPSの助けが無いとき)。ある通りに出くわせば、その通り沿いの何処かにいることが分かるから。

そう言えば、若い頃に車で夜に走っていて道に迷ったことがあった。車から降りて夜空を見上げ、北極星を探して方向を確認。で、こっちの方に走ればきっと国道に出ると分かって無事に窮地を脱出。いくら人間が3次元の生き物とはいっても、所詮2次元上を這い回っているのだから進めば目の前を横切る線にどこかでぶつかるのだ、と改めて思ったものだった。

話はまた逸れるが、ウチの近所は東西は”通り”と呼んでいるが、南北の通りは”筋”と呼び方を変えている。こういう知恵も面白いなと思うんだけど、京都では区別は無いらしい。また、米国で短期間だが暮らした場所では、”avenue” と ”street” を東西と南北で使い分けていた。蛇足ながら、番地が偶数か奇数かで通りのどっち側か区別出来るらしい。

それで、ようやく本題に入るけど、その数多い町名に面白いものが多すぎ。聞いただけでその町の歴史が目に浮かぶようなものもあれば訳の分からないものも多数。私の一番のお気に入りは”天使突抜”かな。