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リベラル・アーツの元々の意味

最近、リベラル・アーツという言葉を新聞で良く見かける。文系・理系問わず幅広く学ぶやり方の学部名として増殖中だから。

しかし、元々はラテン語でリベラルは自由人、アート(アーツは複数形)は技術或いは知識の意味である。だから、リベラル・アーツとは自由人として必要な技術や知識の事である。

自由人とは奴隷でない人のこと。尤も、古代ローマでは奴隷とは言ってもその中で色んな職種があって、家庭教師、会計士、医師など知的労働者もいた。つまり、奴隷とは主人の命令に従って労働する人々のことである。ただ、古代の奴隷は主人の所有物だから自分の意志で辞める事は出来ない。

奴隷という制度こそないが、会社という主人の命令に従って労働し、一生雇われる生き方が常識の現代(つまり、辞めることは困難)では会社従業員は現代の奴隷と言える。所詮、就職予備校に過ぎない日本の多くの大学でリベラル・アーツ教育を標榜しているのも皮肉だ。

では自由人とは何か。今ウィキペディアを引いてみると、
何者にも強制されず自らの運命を自分できめることができ、思いのままに生きる人。
と説明している。何とも素晴らしいが、実際にやるとなると難しい。自分の人生の運転を運転手に任せるのではなく、自分で目的地を決めて自分で運転しなくっちゃならない。

その為に必要な知識として、古代ローマ人は自由七科を定めた。それが主に言語に関する、文法、論理学、修辞学、の三学とその他の、算術、幾何学、天文学、音楽、の四科である。

こうして必須科目を並べてみると、現代のビジネスツールとして必須されるワープロ、表計算ソフト、プレゼンテーションソフトと似ている。それも道理である。雇われの人生だとしても、会社従業員には任された業務については自分で決めて自分で実行することが要求されている。そこで求められる技能は古代のリベラル・アーツと共通するはずである。

ところで天文学とは星の位置の予測にかかわり、物理量をアナログとして捉えること、音楽とは音という空気の振動現象を音階や和音というデジタル(弦の長さの整数比)として捉えることだと思っている。もちろん、幾何学とは数学におけるアナログであり、算術とは数学におけるデジタルである。

だから、四科については、数学と物理学をアナログとデジタルで扱う為の知識だと解釈している。つまり、古代ローマ人は自由人の必須知識として文系科目だけでなく理系科目も重視していた。

そして、現代でも似非科学に騙されることなく物事を正しく判断するために、技術者でなくても理系知識は必須のものだと私は思っている。

勿論、四科を学ぶ為には三学の修養を前提としていた。三学は何より思考のツールである。言語と論理を無くしては思考することは不可能である。そう考えて、私は言語学に興味を持った。それについては別の話題として後日紹介したい。

その他に、法律、経済、会計、は現代社会を生き抜く上で必須の文系科目だと私は思っている。結局、そのような文系・理系の知識をバランスよく学ぶリベラル・アーツ教育というものが流行る事には私も賛成なのだ。