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お金の番人からお金の主人へ

今年の抱負を考えてみた。

以前、お金の管理人という言葉を使ったが、今の自分もやはりそうだと言わざるを得ない。いや、今ある資産が減ることを恐れて決して無駄遣いしないなんて、管理人どころか番人だな。お金の番人。

お金の番人とは言っても、私の場合は必要なお金を出し渋ったり、安いもので間に合わせるというものではなく、お金を丁寧に使うということ。これで満足度も上がるし、使うお金の総額も減る。こうして私は少ないお金で楽しく暮らすことを理想としてきた。

しかしその一方で、私は資産を残さないで死ぬことも理想としている。だけど、最も教育費を必要としている人生のこの時期においてさえ赤字にならないのに、そのうちに少額とはいえ年金も貰えるのに、どうして資産を減らせるだろう。

お金は丁寧に使いたいし、多額の遺産を残すのは子孫に迷惑である。この問題をどう解決すればよいのか。たまたま読んでいた本の中に答えはあった。

「ローマの哲人 セネカの言葉」 中野孝次 著 岩波書店 2003年9月

いにしえの知恵はこう答える。好きな事に使え。

そういえば、働かなくても暮らしていけるほどの貯蓄に励んだのは、自分の理想とする家を作りたかったのではなかったのか?

バブルが弾けても宅地の値段は遅々として下がらず、一方、求める家はどんどん理想が高まり実現出来ないでいるうちにリストラ。貯蓄が生活費の元になってからは投資がうまくいく保証もなかったから、家づくり計画を中止したのも仕方がない。それから5年で資産が2倍以上に膨らんだと思ったらリーマンショックで半減、しかし資産額はそこからじわじわ回復し、配当金の額も意外と安定していることを知って自分の投資術にも自信が出てきた。

今こそ使うべき時ではないのか。生活を保証する資産以外を好きな事に使おうではないか。それでこそお金の主人であると言えよう。